作品
05. 罠(ルイ→主)
ひとつの世界が死んだ。
それは、魔王の中の魔王と呼ばれる己には、さして珍しくもない事象だ。
世界は常に生まれ続け、そして絶えず死んでいく。
遥かな闇、混沌の深淵から、いったいどれだけの世界の誕生と死を見つめ続けていたことか。
受胎と呼ばれる儀式で、つい先ほど滅んだ世界は、新たな世界を生み出すための卵となった。
そうしてまた、新たな世界がいずれ生まれるのだろう。
魔王の前に、今一人の少女が横たわっている。
世界が死ぬまでは、紛れもない純粋な人間だった。
しかし。
ほんの僅かな邂逅がきっかけで、彼女は少女の形をした悪魔となった。
滑らかな肌を這うタトゥー。
項に生えた、角にも似た器官。
マガタマ……禍魂……それを身体と魂の両方に受け入れられる人間は決して多くはない。
少なくとも悠久の時を存在し続ける魔王であっても、数えるほどしか知らず……しかも、彼らはたいてい最終的にマガタマの力に負けてしまった。
この少女はどうだろうか。
魂が軋み、肉体の組織を変容させる苦痛にのたうった華奢な身体は、病院の簡素なパイプベッドの上にうつ伏せていた。
魔王は、柔らかな肌の上……背中に浮き出たタトゥーをそっと辿る。
そこに刻まれた形が、まるで漆黒の翼のようだと思う。
受胎が起こる直前。
病院の地下でこの少女と出逢った。
言葉を交わしたわけでも、間近に接してわけでもない。
ただ互いに遠目に視線を交わしたのみ。
取り立てて特筆することもない凡庸な人間の少女だと思った。
顔貌は、美醜の点で言えば醜くはなく、どちらかといえば愛らしい部類に入るが、いまさらそんなことで興味を惹かれたりはしない。
彼女は、喪服の老婆に連れられた異国の子供の姿をした己を不思議そうな面持ちで見ていた。
魔王の興味を引いたのは、この少女の魂そのもの。
その形も、耀きも。
迷いながらも純粋なままの魂。
もっともシンプルな、それでいて人間の本質そのものの無垢さを残した色……そんな魂を持つ人間は、今ではマガタマを受け入れられる人間よりも貴重で。
ゆえに魔王は、彼女に悪魔の力を与えた。
かつて楽園(エデン)と呼ばれた場所で、原初の女(イヴ)を誘惑したときのように。
イヴは欲望を覚え、罪を知った。
果たして、この少女は何を覚え、何を知るのか。
ボルテクスという名の、卵の世界(エデン)で。
堕ちるのか、負けるのか……それとも……
いかに魔王の中の魔王といえど、その未来を見定めることはできない。
だが……きっと、美しい悪魔になるだろう。
なぜなら、人の魂の耀きは時として神をも凌駕する美しさを放つ。
それを知るからこそ。
すでに始まっている創世という茶番劇に、新たな演出を加えよう。
無垢な人間の少女ではなく、全てを知った少女の形をした悪魔が、自らの手に堕ちてくるように。
幾重にも。
罠という名の演出を。
「…………ん」
小さく呻いた声に、魔王は少女に視線を戻す。
世界の死んで、生まれた悪魔。
「また、あおう」
今はまだ目覚めぬ彼女の耳に、そう囁いて。
魔王の中の魔王は、影の中にするりと溶けていった。
終幕
あとがき
受胎直後の一コマ。
マガタマを植え付けられてた主人公が、目覚める直前のことです。そんなわけで(どんなわけで?)一応、閣下→主。
ちらりと触れていますが、私的に閣下は奏の魂にイブを重ね見た……ということになっております。捏造もいいとこですが、まぁ、妄想ですから(爆)。
- 2012/02/15 (水) 05:32
- DDS3