作品
10. 絵空事(クー主)
「クー・フーリン。これから買出しに行くから、付き合ってくれる?」
ターミナルで、しばしの休憩を仲魔たちに告げた後、奏は魔槍を持つ幻魔に声をかけた。
「もちろんです」
彼が、奏の頼みを断ったことなどない。
悪魔とはとても思えぬ優しい笑顔に、いつだってときめいてしまうのは……何も彼の美貌故と言う理由ばかりではないのだろうと、ぼんやりではありつつも奏は自覚していた。
ジャンクショップで手早く買い物を済ませて。
けれども、すぐ戻る気にはなれない。
もうちょっと、彼と二人でいたくて。
「ね、寄り道して行こ」
「カナタ様のお望みのままに」
「ありがと」
嬉しくて微笑めば、彼も微笑み返してくれる。
そんなクー・フーリンを伴って、奏はカグヅチがよく見える場所までやってきた。
カグヅチが照らす、ボルテクスという名の卵の世界。
受胎によって滅びた世界は懐かしく、失ったものへの哀しみは尽きない。
けれども今は。
この世界を慕わしく感じていることも事実だった。
世界が滅び、悪魔とならなければ、出会えなかったものたちがいる。
そう思うと。
奏は、背後に控えているクー・フーリンを振り返った。
白い甲冑に、ゲイボルグ。
騎士には見えても、とてもじゃないけど悪魔には見えない。
「不思議ね」
「なにがですか?」
「物語の中でしか知らなかった、英雄が、今、私の前にいるの」
オペラなどの中には、神話を題材にしたものも多い。
そのせいか、奏の家には音楽関連の専門書のほかに、神話や宗教、民俗学の書籍が多かったし、幼い頃読み聞かせられたり、買い与えられた本もアンデルセンやグリムの童話だけでなく、古今東西の神話や伝説も多かった。
「たくさんの神話や伝説を読んだけど、その中でも特に好きだったのはケルト神話。英雄・クー・フーリンは私の憧れのヒーローだったんだから」
「それは、光栄です」
幻魔の眼差しが、喜色を孕んで奏を見下ろす。
胸の奥が、優越感に甘く疼いた。
「何度も、何度も読んだわ。それこそ、擦り切れそうになるくらい。そんな空想に夢中になってって、勇にはよく呆れられたけど……ふふ、空想なんかじゃなかったね」
「えぇ、空想などではありません。人間が神話や伝説で語り継いだ我らは、こうしてあなたの前にいる」
「うん……実感するたびに感動してる。あなたたちは、いつでも私たちの隣にいたんだね。目には見えず、感じることもできなかっただけで」
伝説の中の英雄。
奏は、うっとりとクー・フーリンの聡明な瞳を見上げる。
「いまさらだけど、夢みたい。憧れの英雄が、私の仲魔だなんて」
「夢ではありませんよ。魂かけて、あなたにお仕えいたします、我が君」
言いながら跪き、クー・フーリンは奏の手を取った。
その仕種に、まるで、お姫様にでもなった気分を味わう。
「世界がどのように変じようとも、私という魂ある限りあなたという魂を愛し続ける……この誓約(ゲッシュ)が、破られることはない」
「……クー・フーリン」
手の甲にくちづけを受けて、頬が燃えるように熱くなった気がした。
戸惑いと、胸の高鳴りに彼の名を呼ぶと美貌の幻魔は、わずかに視線を上げ、どこか人の悪い……正しく悪魔じみたえみをちらりと浮かべて。
「もっとも、それが人の心を持つあなたにとって善きことかは判じかねますが……もう遅いので、お覚悟いただくしかありませんけれど」
「かく、ご?」
「悪魔の言う愛は人のそれとは異なる。悪魔の愛を決して侮ってはいけません。悪魔の愛とは呪いのようなもの。人の感覚からは計り知れぬ独占欲と執心を伴う……カナタ様、お覚悟いただけますね?」
見つめられて。
全身が心臓になった気がした。
ケルト神話を彩った英雄は、確かに悪魔だったのだと。
いまさらながらに納得する。
忠誠を示すと同時に、求愛されているのだと悟ってしまった奏は……深呼吸を一つしてにっこりと微笑んだ。
胸の内にずっと漠然としていたクー・フーリンへ感じていた気持ち。
そのわけは。
幼馴染に絵空事と片付けられ、宙ぶらりんのままだった初恋の記憶。
物語の英雄に抱いた憧れ……種子として思い出の中で眠っていたそれが、芽吹いていたのを認めないわけにはいかなくて。
「覚悟、するよ」
小さな呟きを聞き逃さなかった幻魔は、陶然と微笑むと、恭しく奏の手のひらに求愛のくちづけを贈ったのだった。
終幕
あとがき
うちのクー・フーリンは、徹底して紳士的だけと侮ってはいけない感じで(苦笑)。
一応、悪魔ですから。
もっとらぶらぶしたクー主も書いてみたい今日この頃です。
ブラウザで、戻ってくださいね。
- 2012/02/15 (水) 05:34
- DDS3