電影書架

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18. 道しるべ (マサカド主)

 よく晴れた日曜日の午後。
 梅雨の晴れ間に広がる空を、地下鉄の駅から出てきた奏は眩しそうに見上げる。
 千代田線大手町駅から、少し歩いたところにその史跡はあると聞いた。
 奏には、どうしてもそこを訪れなければならない理由があった。
 別に強制されたわけではない。
 ただ、けじめとして、奏がそうしたいと思ったのだ。
「…………なんだ、本当に駅からすぐ……」
 出口を出て、十メートル行ったか行かないかくらいの距離。
 ビルに囲まれたところに、ぽつんと……東京鎮守の要、将門塚がある。
 なんでも大震災によって、実際の首塚は倒壊したらしく、現在は保存碑と辛うじて残る石灯籠が面影を伝えるのみ。
 人影はまったくなかった。
 けれども、丁寧に手入れされているようで、整然としている。
 奏は、保存碑の前に立ち、瞑目した。
 そうして、語りかける。
 混沌の世界で、自分に力を貸してくれた尊い魂へと。
(…………公……将門公。聞こえますか……これが、私の辿りついた答えです。ボルテクス界を彷徨った日々は、試練やら苦難の連続だったけど……でも、私には必要な旅でした。その旅を終えることができたのは、私とともに戦ってくれた仲魔たちと、力を貸してくれたみんながいたからです。公……ありがとうございました)
 心を込めて。
 胸のうち、深々と頭を下げる思いで、礼を言う。
 静かな気持ちで、奏は瞼を開け、碑を見上げる……と、それに隠れるように存在していた石灯籠が、和えかな光を放った。
「え……?」
 次の瞬間には、強烈な輝きが視界を蔽って。
 咄嗟に閉じた目を再び開いたときには、奏の前に見知った風景が広がっていた。
 異質な空気。
 人間の世界ではありえない。
 満ちているのは、神聖な気配だった。
「…………坂東宮」
 将門公の御霊が眠っている神域。
「どうして?」
 さっきまで自分は、将門塚の前にいたのに。
 首を傾げながらも、恐る恐る、門をくぐる。
 最後に訪れたときと同じ、四本の御柱は降り、神域の中央には御霊社が見えた。
 そして。
「よくきた、カナタよ」
 武人らしく猛々しい、威厳の篭った声が奏を迎える。
「び、ビシャモンテン!」
 かつて刃を交えた、鬼神の姿を認めて、目を丸くした。
 背後には、残りの四天王が控えている。
「……そう構えることはない。わざわざ公への報告に来たお前の殊勝さに、あの御方がお招きになったのだ」
 鬼神の眼差しは、とこか笑みを含んでいた。
 それに安心して、奏も肩の力を抜いたのだけれど、将門公の名前を出されては緊張せずにはいられない。
「あの御方って……将門公が?」
「さよう。さぁ、来るが良い」
 促されて、ビシャモンテンの後をついていく。
 一度だけ入った御霊社……背筋をぴっと正して、その扉の前に立った。
 重々しい音を立てて扉が開く。
 注連縄が、ざわりと揺れた。
『…………よくぞ、来た』
 頭の中に、直接響いてくる声。
 高くもなく、低くもない。
 流れ落ちる大瀑布のようでもあり、木々の間を吹き抜ける風のようでもある。
 つまりは、自然の霊威を声にしたらこうなるだろうという響きであった。
 隈取に縁取られた顔は、充分美丈夫で通じる。
 その瞳には、確固たる力が宿り、奏を見下ろしていて。
「将門公」
 緊張に高鳴る胸。
 ボルテクス界にあって、高位の悪魔たちを従えた奏にも将門公の持つ魂の耀きは、畏怖し尊敬に値するものだったので。
 自然と背筋が伸びる。
「あ、あの……その節は、ご助力ありがとうございました。ご報告が、遅くなって、申し訳ありませんでしたっ」
 はたっと、気づいて大仰に頭を下げる。
 世界を再生して一月余り……本来だったら、もっと早く報告に来るべきだったのに、日常に追われてなかなか叶わなかった。
 空気が清かに揺れて。
 それは、将門公が笑っている気配なのだと気づいて、おろおろと顔を上げる。
『構わぬ……昨今の人間の生活は、なかなかに忙しない。したが、その心根、嬉しく思うぞ』
「…………」
 気安げな言葉に、奏は嬉しさで頬が熱くなった。
 小さな頃、母親に誉められたときの気持ちに似ている。
『いくつもの試練を越え、そなたは、世界を再生せしめた。まことに見事である。そなたのような者が生まれ出でたこの世は、まだまだ捨てたものではない。余も、誇りに思う』
「そ、そんな……もったいない言葉です」
 最上級の労いに、ひたすら恐縮するばかり。
『されど、なぜ、汝のその身に魔性を宿したままの再生であったか?世界を再生するほどの力……人の身に戻ることも可能であったものを』
 将門公の言うとおりだ。
 確かに、普通の人間に戻ることもできたと思う。
 けれど、奏はそうしなかった。
「それは……私は、あの出来事を夢にしたくなかったんです。誰が忘れても、私は覚えていたかった。私が今、私で在れるのは世界が死んで、もう一度生まれたからだと、思うから。もちろん、それだけじゃなくて、仲魔たちのことも忘れたくないし、別れるのがいやだったっていうのもあるんですけど……」
 怒られるかと思ったが、正直に言うと将門公は、そうか……と笑い含んだだけだった。
『そなたらしい理由よの。だが、魔性の力は人としての魂を蝕むやも知れぬぞ』
 恐ろしくはないのか、と問いかけられて。
「ひょっとしたらって……思わないわけじゃないですけど。でも、負けません!私は一人じゃないから」
 心臓の上に手を当てる。
 感じるのは、今もまだ繋がっている、仲魔たちとの絆。
 大切だと思えるものがあり、自分の中に、確かに『自分』と言えるものがある……ならば、きっと立ち向かっていけるから。
『なるほど……そなたであれば、無用の杞憂であったやも知れぬな。かの大魔王の思惑を退け、誘惑を断ち切るものなど、人間であっても悪魔であってもそうそう居るまい』
「……将門公」
『そなたは、そなたの思うがままに生きればよい。人であっても、悪魔であっても……もし、道に惑うなら、我がそなたのしるべとなろう』
 力強い言葉に、奏は感極まる。
 千年に渡り、守護者として存在し続けてきた魂に認められたのだ。
 そして、変わらぬ助力を約束してくれた。
 胸の奥……あるいは、魂に同調している『マサカドゥス』の波動が、将門公の言葉の証であるように震える。
 それを感じた刹那。
 風が頬を撫でた。
 そこはもう坂東宮ではなく、将門塚の碑の前。
 白昼夢のようだった出来事はしかし、現実であることを奏は知っていた。
 そのままで、生きていけばいいと太鼓判を押されたのが嬉しくて。
 深呼吸をして、碑に向かい深く一礼する。
「公、またご挨拶に来ますね」
 晴れやかな顔で、告げて……奏は意気揚々と踵を返した。




あとがき

マサカド主もけっこういけると思うんですよね。
また書きたいです。

  • 2012/02/15 (水) 05:38
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