電影書架

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20. 食べ頃(ダンテ主)

「はぁ、さっぱりした」
 奏は洗濯した衣服を渡した紐に吊るして干し、満足げに溜息をついた。
 ボルテクス界を彷徨い、アマラ深界を探索し……悪魔と化した身体で、戦いに戦いを重ねている日々だけれど……
「人間じゃなくなったからって、女の子であることまで忘れる必要はないよね」
 何しろ、埃まみれになったり、血まみれになったりして、うら若い乙女的には、はっきり言って我慢できる環境ではない。
 回復の泉に行けば、体力・魔力の回復に加えて聖女の力なのか心遣いなのか、汚れていた身体や衣服もある程度綺麗になりはする。
 だが、毎日風呂に入ったり洗濯をしていた習慣からくる、なんともすっきりしない不快感だけは拭えなくて。
 だが、それはアサクサの街に初めて来たときに解消できることとなった。
 ギンザの大地下道で知り合ったガラクタ集めのマネカタの口利きで、風呂を使えるようにしてもらえたのだ。
 と言っても、昔の人が使っていたような洗濯用と思しき大きな木枠の盥に、湯を張った簡易風呂なのだが、それでも気分的には構わないのだ。
 シャンプーやリンス、石鹸などと言ったものはシブヤのセンター街にあったドラッグストアらしき場所に転がっていたのを失敬してきた。
 人間は消えてしまっても、その遺物はかつての痕跡を残している。
 使うもののなくなったそれらのものから、奏はとりあえず必要と思われるものを調達して、これまでの日々をやり過ごし。
 今日も、残り湯で洗濯まで済ませて、気分はさっぱりだ。
 干した洗濯物が乾くまでは、このアサクサの街で休憩となる。
 奏は風呂に入るために使っていた部屋から出て、ジャンクショップを挟んだところにあるターミナルの扉を開けた。
「お待たせ」
「おう。時間がかかったな」
「洗濯もしてたから……って、あれ?ダンテさんだけですか?」
 見回してみると、彼以外の仲魔の姿が見受けられない。
「あぁ、ここんとこ、かなりハードだったからな。やつらは、ストックに戻って休むとよ」
「そうですか」
 無理もない、と思う。
 第四カルパでは、最高位の魔王ベルゼブブと戦い、第五カルパではメタトロンと戦う羽目になった。
 車椅子の紳士と淑女に不審を抱いた奏は、結局彼らに会うために最下層まで潜ることはなくトウキョウ議事堂へ向かい、そのままカグヅチ塔を目指し……シジマのアーリマン、ムスビのノアを下して、残る理の神はヨスガのバアル・アバターのみ。
 ヨスガの神を倒した後にはおそらく……カグヅチとの対峙が待っているのだろう。
「それにしても、のん気なことだな」
「え?」
「最終決戦を前に、わざわざアサクサまで戻ってくるとは……余裕の表れか?」
 デビルハンターの悪戯っぽい口調に、奏は苦笑し、ゆるゆると首を振った。
「そんなんじゃないですよ……ただ、どんな形であれ、受胎の結末のときが近付いてる。だから……ガラクタさんや、他の方たちにご挨拶がしたかったんです。これが、最後だろうから。アサクサに来るとね、ガラクタさんや……顔見知りになったマネカタたちが、『お帰り』って言ってくれるのが嬉しかったんです。悪魔になって、帰るところなんてもうないって思ってたから」
「…………」
「最終決戦が近いからこそ、禊の意味もあるし」
 いくつもの屍を越えてきたその罪が拭いきれるとは思えない。
 けれども永く厳しい旅路で見出した自らの決意を貫くために。
「そうか……ま、俺は、最後まで見届けさせてもらうぜ」
 彼らしい励ましに、奏は笑った。
「ふふ、頼りにしてますから」
「言ってろ……ところで、そいつぁ、マネカタの服だろ?」
 奏の言葉に、ダンテは軽く肩を竦め……興味深そうに上から下まで視線を走らせる。
 仲魔になって間もない彼は、奏のこの格好を見るのは、そういえば初めてだった。
「そうですよ。洗濯しましたから」
 干している間の着替えをどうするかで洗濯を悩んでいた奏に大門付近にいた女性マネカタが貸してくれたものだ。
 そのマネカタはもういないが、奏はいつも洗濯物を干している間はそれを身につけていた。
「ふーん……やっぱ、女ってのは、着るもんで随分印象が違うんだな」
「そっかな」
「あぁ。少なくとも今は、どんな高位悪魔も拳でぶっ飛ばす、人修羅って感じはあまりしないぜ」
「むー、その言い方は、ちょっと複雑ですよ?」
 少なくとも、誉められている気はしない。
 誉めているのだとしても、女の子に対する誉め方ではない。
 不満げに唇を尖らせた奏を見て、男は喉の奥で低く笑った。
「いいじゃないか。俺は気に入ってるんだから」
 唇の端を閃かせて笑う仕種は、整った顔立ちにとてもよく似合っていて……我知らず、頬が紅くなった。
 何しろ、今まで傍にいなかったタイプの、大人の男なので。
 奏はいつも、彼には戸惑うばかりなのだ。
(……ダンテさんの場合、欧米人だから、日本人の感覚とは違う……っていう感じもしないし。デビルハンターって言う特殊な職業だからかな)
 ダンテは生まれついての魔人らしいから、そういう意味でも普通の人間の感覚とはいろいろ違うのかもしれない。
 初対面から、いろんな意味で型破りだったことを思い出して。
「なに笑ってんだ?」
「なんでもないです」
「まぁ、追及はしないが……カナタ」
「はい?」
 名を呼ばれ、ちょいちょいと手招きされる。
 奏は、壁に背を預けて座っている彼のもとに素直に近寄っていき……
「なんですか……っきゃあっ」
 手首を掴まれ、強い力で引き寄せられて。
 落ち着いた先は、男の膝の上。
「ちちちょっと、ダンテさん……」
 現状を把握した奏は、どもりながらも男に抗議する。
 が、彼は聞く耳持たずに、奏の髪に鼻先を埋め、ゆるく……けれど逃れるのを許さない力で腰を抱き寄せた。
「ダンテさんってば」
 腕の中で、もぞもぞと動く。
 いくら奏が、悪魔としても尋常ではない力を有していても、屈強のデビルハンターであり、体格も違えば、場数を踏んだ経験値も違うこの男を跳ね除けるのは難しい……というより、強いて跳ね除けようとまでは思わない。
 こんなふうに膝の上に抱き上げられて、吝かではない事情が、奏にもあった。
 銀色の髪。
 晴れた空の色を溶かし込んだような青い瞳。
(…………私って、面食いなのかなぁ)
 野性味のあるダンテの整った顔を間近にしたら、何も言えなくなってしまう。
銃を突きつけられたり、剣を振り回されたり、あまつさえ理不尽な追いかけっこやら戦いやらを仕掛けられてさえ。
(だって、どきどきするんだもの)
 怖かったり、緊張したりのどきどきではなくて、胸やら頬やらが熱くなってしまう種類のそれは、俗に言うときめきというやつで……
 共に過ごすようになったこの男に、すっかりべた惚れ状態という有様。
 それが一方通行でなかったことは、奏にとって、幸か不幸か。
 仲魔になって間もないというのに、あれよあれよという間に……許していないことなんて殆どなくなってしまった。
「いい匂いがするな」
 少しハスキーな声に耳元で囁かれて、ぴくりと肩が震える。
「そ、それは……ちゃんと洗ったから……」
「そうか。美味そうな……いい匂いだ。食べ頃のフルーツと一緒だな」
 言って、ぺろりと……
「やっ……」
 熱い舌が、首筋を這う感触に甘ったれた声が出た。
 不埒な手がするすると膝頭を撫で回し、服の裾から入り込んで、素肌の上、悪魔の証たるタトゥーを辿る。
「ダンテさ……」
 制止したいのか、そうでないのかわからない声で彼を呼ぶと有無を言わさず、唇を塞がれて。
「食べ頃は逃さないようにしないとな」
 一方的な台詞に、けれど奏の思考はすでに蕩け始めていたから。
 愛しいデビルハンターの首にしっかりと腕を回して、男の無体を従順に受け入れたのだった。



あとがき

マニクロのおかげですっかり影が薄くなってしまった(笑)ダンテさんですが、今でも大好きなことには変わりありません。ラスボス戦で使い勝手が悪かっただけなんです。貫通のスキル大事。

  • 2012/02/15 (水) 05:40
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