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This Love ~いってらっしゃい~

 もう間もなく日付を跨ぐと言った時間に鳴ったインターホン。こんな時間に訪ねてくる人間に心当たりなんて一人しかいない。
 誰何してみれば、予想通りの答えが返ってきて響希は扉を開けて室内に深夜の客を招き入れた。
 ジプスの制服のままやってきた恋人。
「お帰り」
 同棲しているわけではないけれど、ヤマトを迎えるときはいつもその言葉をかける。
 恋人が少し面映ゆそうにしてくれるから。
「ああ……今日はすまなかったな」
「残念だったけど、仕方ないよ。急な仕事だったんだろ?」
 本当はデートを約束していた。
 しかしギリギリになって、なにやら霊的なトラブルが発生したらしく、局長であるヤマトが不在になるわけにはいかなかったのだ。
 楽しみにしていただけにがっかりもしたけれど、電話越しのヤマトの心底申し訳なさそうな声に文句を言う気は失せている。
 そもそも恋人がどんな仕事をしているのか、響希もわかっているつもりだ。
 疲れているだろうに反故にした約束を埋めるために、こうして訪ねてくれた気持ちが嬉しい。
「大変だったみたいだね」
「わかるか?」
「もちろん。疲れてるの、わかるよ」
 若さもあり、ヤマトは相当タフな人間ではあるが、今日はいつもより目に力がない。
 相当厄介なトラブルだったのだろう。
 ジプスは少数精鋭の組織で、慢性的に人材不足は否めず、足りない人手を優秀すぎる長が補っているのが現状らしい。
「……そうか」
「こんな時間に来たんだ。泊まっていくだろ?」
「そのつもりだ。車は返してしまったからな」
「迎えは?」
「明日の朝だ」
「わかった」
 トレードマークのロングジャケットとタイをヤマトから受け取り、ハンガーに掛ける。
 ヤマトをこの部屋に泊めるのは初めてじゃない。
 というか、彼がここにやってきて、室内まで上がっていくのはデートが流れてしまった日だけ。ヤマトなりに節度を守っているらしい。それでも、せめて顔だけでも……と訪ねてくる。今日のように夜も更けてからのことが多いので、そのまま泊まっていくのだ。
 既に肌を重ねた経験のある恋人同士が狭いベッドで身を寄せ合って眠るのだから、色っぽい展開になってもおかしくはないが、不思議とこの部屋で行為に及んだことはまだない。互いの温もりを抱いて本当に眠るだけだ。
 局長が席を外すわけには行かない現場、というのは即ちヤマトが魔力を行使するのが避けられないということ。
 魔力の消耗が激しいと身体が睡眠を欲するというのは、自分にも覚えがある。あの八日間で経験したこと。高位の悪魔を従え、強力な魔法を使えるようになるにつれ、一日が終わる頃には気力が削げてぐったりしたものだ。
消耗した魔力を回復させるには、栄養を取るよりも睡眠を取ることの方が効果があるのも経験済み。
「なにか食べるか?」
「いや、いい」
「本当にお疲れだね」
「まあな。今日は特に力を使いすぎた」
 悪魔召喚アプリは失われている……なかったことになっているので、悪魔を使役する術は峰津院家に伝わる術式とそれを数式に変えたジプス謹製の召喚プログラムしかない。そうなると素養に頼る部分もあるため、誰でも使えるわけではないのだ。ヤマトへの負担はどうしても大きくならざるを得なくなる。
 マコトを筆頭に実戦に対応できる局員もいないではないが、ヤマトには及ばない。ジプス内にヤマト以上の悪魔使いは存在しないのだから。
 ベッドへと腰を下ろす動作も重い。
 そんな姿を彼が見せるのは自分の前だけだ。
 愛おしさが湧き上がり、響希はヤマトの隣に腰を下ろすと、自らの太股をポンと叩いて示した。
「響希?」
「膝枕、してあげる。女の太股だから、それなりに柔らかいよ?」
 申し出に戸惑っていたようだが、やがてヤマトは彼らしくもなくおずおずと響希の太股の上に頭を乗せた。初めは全身に力が入っていたけれど、色素の薄い髪を指で何度も梳いている内に満足そうな溜息ととも脱力する。
「どう?」
「……悪くない」
 目を閉じて、リラックスしているのがわかった。
 まるで安心しきった猫のようだ。
 しばらく黙ったままそうしていたのだが……不意にヤマトが口を開いた。
 目は閉じたまま……
「……最近になって、おまえが……おまえたちが『日常』を取り戻したいと願ったわけがわかるようになった気がする」
 口調も声もいつもより緩やかで軟らかい。
 彼が言っているのは、あの八日間。
 響希たちの選択のことをだろう。
 ヤマトはさらに続ける。
「おまえを知るまでの私にとって『日常』とは即ち『義務』に他ならず、それ以上も以下もなかった。だが、響希とこうしていると『日常』の中にも得難い幸福があるのだと実感する。そんな『日常』なら取り戻したいと思っても不思議はない」
 その言葉に、響希は胸がぎゅっとなった。
 ヤマトは自分の説得に応じ折れてはくれたけれど、響希が何故世界の復元を願ったのかは理解はしていなかったろう。
 でも、いま……彼は全てではなく、その一端であろうともあのときの響希の決断の訳を理解してくれたのだ。
胸の奥から甘く狂おしいものがこみ上げてくる。
 誰よりも大切に、愛しく想う人が自分のことを理解してくれることが、こんなにも嬉しいなんて。
「……ねえ、ヤマト」
「ん?」
「ヤマトは今、幸せ?」
 響希の問いにヤマトは目を開けてこちらを見上げた。
 少し眠たそうな眼差しはいつもより彼を幼く見せる。
「ああ、とても。響希、おまえは?」
「すごく幸せだよ」
 素直な気持ちを吐露すると、ヤマトが微笑んだ。
 蕩けそうに甘い、その表情が胸を打つ。
 際限なく湧き上がり、果てなく広がっていくこの気持ちはどうすれば伝わるのだろうか。
(言葉が見つからないなら行動あるのみ、だ)
 言葉では言い表せそうもない想いを伝えるために身を屈めると、響希は恋人の唇にそっとくちづけた。


END

  • 2013/08/02 (金) 06:24
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