作品
This Love ~大切なひと~
「もう知らないっ、ヤマトのバカッ!大っキライ!」
そう言い捨てて響希は病室を飛び出した。
ヤマトが任務で大怪我をしたと聞いて飛んできてみれば、本人は怪我など素知らぬ振りで仕事に戻ろうとしている。
あちこちに巻かれた包帯が痛々しく、悪魔の障気を浴びて顔色も誰が見ても悪いと思うのに。
聞けば骨や内蔵にこそ以上はなかったが、出血量が多くてとてもじゃないが仕事に戻れるような状態ではないのだという。
それなのに処置が終わって意識を取り戻した途端、仕事に戻ると言い出した。
ちょうどそこへマコトから連絡を受けた響希がやってきて、ヤマトの己に頓着しない態度に腹を立て捨て台詞とともに病室を飛び出したというわけである。
「久世、待て!」
マコトが追いかけてきたのに足を止めた。
ヤマトが追いかけてこれないのは、それだけ体調が悪いからなのだろう。数日は安静にするように言われていたのだから当然だ。
「ごめん、マコトさん。せっかく面会許可してくれたのに……」
相手はジプスの局長である。
恋人とは言え、一般人がジプスの息のかかった病院で面会などそう簡単にできるはずがない。
マコトにあの八日間の記憶はないが、ヤマトによって引き会わされた彼女は響希に対して何かと親身になり気を回してくれる存在だった。
あの局長が国家機密であるジプスの内情を明かすほど信頼している相手なのだから、と。ヤマトが将来の伴侶だと紹介したことも大きいかもしれないが。
ヤマトが任務で怪我を負ったことを教えてくれたのも、面会許可を出し病室まで連れていってくれたのもマコトだった。
「いや……恋人がああも自分を大事にしないのだったら、怒鳴りつけて飛び出したくなる気持ちも分かる」
苦笑しながら同意してくれるのに、涙が滲んできた。
そうなのだ。
何が腹立たしいって、ヤマトが己自身を大事にしてくれないことだ。まるで自分を使い捨ての道具か何かのように思っているのではないかと危惧するときがあるほど、恋人は己に頓着しない。
(……俺のことはものすごく大事にしてくれるのに)
ホロリと零れた涙をマコトがハンカチで拭ってくれた。
「君の気持ちも分かる。だが……局長の立場ではああならざるを得なかったことも分かるんだ」
「……ヤマトの、立場?」
「私も詳しいことを知っているわけじゃない。だが峰津院家という特殊な環境の中で、一般的な感覚とはかけ離れた育ち方をしてきた方だ、というのは分かる。局長にとって己の命は役目のために使うもので、自分のものだという意識が薄いように思えるんだ。それが損なわれることを案じ、悲しむ存在がいるという実感が薄いのだろうな」
マコトの言いたいことは何となく分かる。
あの八日間で、ヤマトは部下や響希たちを駒のように使ってはいたけれど、高みの見物などしていたことはなかった、ただの一度だって。
危険な前線に自ら赴くことを厭わず、全体を見渡して指揮を執っていた。それは戦うだけよりも、よほど大変なことだ。
彼の性分はわかっている。
だからこそ悔しいし腹が立つのだ。
「…………」
「でもな、久世。局長が君を連れてきたとき、私は安心したんだ。実際、君と付き合うようになってから局長は随分変わったしな。今はまだ分からないことでも、君という存在が教えてくれると思っているよ」
そう諭されて、響希は病院を後にした。
頭が冷えてくると、マコトの言った言葉が思い出され、響希は自分の態度に少し後悔の念が沸き上がる。
ヤマトの生い立ちは、本人に聞かされて知っていた。
全てではないけれど、峰津院家では人間らしい扱いなどされては来なかったのだと。それはヤマトに限ったことではなく、峰津院の血脈に生まれた者には当然のことなのだと。繋がるのは『血』、意味があるのは『力』……そこには一切の『情』は介在しない。
(……ちょっと、言い過ぎたかな)
ヤマトがどんな風に育ったのか分かっていた癖に……でも、悲しかったのだ。
そう、響希は腹が立っていたわけではない。
大事な人が、己を粗末にしているようなのが悲しかった。
少しずつ大きくなる後悔を引きずりながら何とか帰宅して、ベッドの上に身を投げ出したとき充電機の上に置いた携帯電話が着信を告げた。
誰からかは着信音で分かる。
一瞬躊躇って、通話ボタンを押した。
「…………なに?」
なんて言っていいのか分からない。
素っ気ない言葉に、携帯の向こうでほっと息を吐いた気配がした。
響希が出たことに安堵したのだろうか。
『響希……その、すまなかった』
まさか、真っ先に謝罪の言葉を聞くとは思わなかった。
でも。
「それは何に対する謝罪?」
ヤマトが自分の怒った理由を分かってくれていないのであれば意味がないのだ。
『……迫に言われた。もし響希が今の私のように怪我をして、自分自身を軽んじるような振る舞いをしたらどうするか、と』
「……うん」
『そう言われて初めて、私はおまえがなぜあんなにも怒ったのか理解した。同じことをされたら、私だったら君を監禁して二度と外に出さない篭の鳥にすることも厭わないほど我を忘れるだろう』
「…………」
相変わらずヤマトの発想は少し危険で極端だ。
怖いような、嬉しいような何とも複雑な気持ちに、響希の口角が自然と上がった。
『響希、本当にすまなかった。心配をかける、とはこういうことなのだな……私には今まで近しい立場でそう言う風に接してくる相手がいなかったからわからなかった』
しょんぼりと萎れたような物言い。
普段は自信家で、尊大ささえ感じる彼からは想像もできない。
これはどうやら本当に反省しているようだ。
「ねえ、ヤマト。俺はさ、ヤマトが大事だよ。だから、腹が立ったのも本当だけど悲しかったって言うのが本音なんだ。お願いだから、俺が大事にしてるものを粗末に扱わないで。この世界で、俺が『女』であることの意味を忘れないでよ」
復元前の世界で男だった性別が、女性となったのは……いと高きところで人の営みを監視し続けている存在の少しばかりの作為もあっただろうけれど、ヤマトに惹かれた気持ちがそうさせたのだ。
もし、復元された世界でもう一度彼に出会えるなら……ヤマトに誰憚ることなく添える存在になりたい。それこそ世界が復元されている最中なんていう、失われることがわかっているギリギリのところで気付いた恋心。
そんな未練じみた気持ちをあの瞬間に抱いた。
もっともそんなことは全部後付けで、何もかも全てを取っ払って残るのはヤマトが好きだからという気持ちなのだ。
無意識にそう思ってしまうほど、ヤマトを愛しく思っている存在がいることを、どうか忘れないでほしい。
『ああ……そうだな。……本当のところを言うと、自分を大事にすると言うのはよくわからない。だが、これから少しずつでも覚えていこう。今は医師の言うとおり許可がでるまで安静にしておく、だから……』
嫌いだなどと、言わないでくれと真摯に請う声に響希は笑った。
「二度はないよ。次に同じことやったら許さないんだからな」
『肝に銘じる……響希』
「ん?」
『心配かけてすまなかった。それから、ありがとう……』
「……明日。明日、またお見舞いにいくからおとなしくいい子にしてて」
胸の奥から止めどなく愛しさが溢れてきて喉を詰まらせそうになったけれど、電波の向こう側で神妙な顔をしているのだろう恋人に、響希はそれを悟らせまいとおどけたようにそう言ったのだった。
END
- 2013/08/02 (金) 06:26
- デビサバ2