作品
10 手のひら(掌)(史青・R18)
想いを寄せていた史鋭慶と心を通わせ、身体を重ねて青樺の心は幸福の中にあるはずだった。
愛する人に愛される、なににも換え難い幸せ。
そのはずなのに。
忘れることのできない過去に責め苛まれる一瞬がある。
月を背に幾本もの矢に貫かれた兄の姿が蘇って。
脳裏に焼きついた喪失の記憶に、自分ばかりがこんなにも幸せでいいのかと懊悩する。
そんな悪夢に目を覚ました青樺は身体を強張らせた。
指先が細かく震えている。
目を瞑ったら、また夢に引き込まれそうで恐ろしかった。
「……どうした?」
一人、夢に怯える青樺を気遣うような声。
視線を向けると上半身を起こして見下ろしている史鋭慶と目が合った。
「ごめ……起こした……?」
上擦る声で問いかけると、恋人はわずかに目を眇める。
「別に構わん。もともと眠りは浅いほうだ……それよりも、また夢を見たのか?」
悪夢に苛まれて、夜中に青樺が目を覚ますのはこれが初めてではない。
これまでにも、何度も閨を共にしている気配に敏い恋人を起こしたことがある。
青樺が小さく頷くと、史鋭慶の指先が慰めるみたいに寝乱れた前髪を払った。
「……おまえの悪夢の原因の一端は俺にもある」
「え?」
「戦に備えて砦を築く陳王高を、俺はわざと止めなかった。他国に関心が向いていれば、皇子を気にかけることはないと思っていたからな……むしろその政策を推し進めてすらいた」
自嘲を口元に刻み、苦い告白を淡々と口にする。
恋人が周囲に思われているほど薄情でないことを知っている青樺は、むねがぎゅっとした。
「恨み言を言ってもいいのだぞ。家族を失ったのはおまえのせいだと……詰ることでおまえの気が少しでも晴れるなら、俺はそれを甘んじて受けよう」
切なくなるほど、優しい眼差しと声。
非情になったわけには、史鋭慶なりに揺るぎない信念あってのことだとわかっているから。
青樺は、首を横に振った。
「そんなことできないよ……したくもない。史鋭慶は自分の罪を知っている人だから。ただ……」
「ただ?」
「こうして傍にいさせてくれれば……それでいい」
恋人の存在とぬくもりだけが、喪失の記憶を癒してくれる。
今では家族以上に、そして仲間以上に大切に思う史鋭慶だけがそれをできるのだ。
逞しい胸に頬をこすりつけるように擦り寄った青樺の身体を、恋人はそっと抱き寄せて。
「おまえはずっと俺の傍にいろ」
囁く声に頷いた青樺の瞼を、滲んだ涙を隠すように大きな手のひらで優しく覆った。
※
史鋭慶は案外慰め上手だと思います。
言葉も術も知らないからこそ、誠実に心が伝わるんじゃないかな
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