作品
SweetSweet
体育祭関係の書類に、一通り目を通し終えて手塚は肩の力を抜いた。
他の生徒会役員もよくやってくれてはいるが、最終的な判断を下すのは生徒会長である自分の役目。
テニス部の部長を兼任していることもあって、生徒会業務に割くための時間はどうしたって限られてくる。
必然的に目を通す書類は溜まっていき、こうして時間のあるとき纏めて目を通す羽目になるのは日常茶飯事だ。
時計を見ると、もう下校時刻を回っている。
他の生徒会役員たちはすでに下校して、生徒会室に残っているのは自分一人。
さすがに細かい字を追ってばかりいて、視力を酷使しすぎた。
眼鏡を外して、軽く目元を揉む。
すぐに帰る気にはなれず、少し休んでからにしようと椅子に身を沈めた。
歴史もあって、生徒自治色の濃い青学の生徒会室は、職員室よりもはるかに立派である。
生徒会役員が仕事をする部屋はもちろん、専用の会議室、生徒会長の執務室などは校長室並みだ。
やわらかな背凭れに全身を預けて、深呼吸した。
そのとき。
こんこん、とノックの音。
見回りの教師だろうかと訝しく思って首を傾げる。
「どうぞ」
扉を開けてひょっこりと顔を覗かせたのは……
「……越前」
名前を呼ぶと、彼はにっこり微笑んだ。
どこか悪戯っぽいような笑み。
異例の1年レギュラーにして、手塚の恋人は猫のようにするりと室内に入り込んでくる。
「部活が終わってもあんたが来ないから、こっちから会いに来てあげたんだよ。一緒に帰ろ」
勝気に言い放つのが愛しくて、手塚は彼を手招いた。
するとリョーマは待ってましたとでも言いたげに、テニスバッグを放り投げてこちらへとやってくる。
そうしてちょんと、膝の上に座り込み腕を伸ばす。
抱きついて、首元に額を摺り寄せる様は、ごろごろと懐く猫そのものだ。
「この書類、全部目を通したの?」
ちらりと視線を走らせたのか、呆れたようにリョーマが言う。
堆く机の上に詰まれた書類。
少し溜めただけでこれなのだから、全く部長職との両立は難しい。
「まぁな。引き受けた以上仕事に手は抜けない」
「ほーんと、真面目なんだから。だからって俺のこと、あんまり放っとかないでよね」
軽く睨み上げる視線。
言うほど怒っているのではなく、じゃれ合いの延長のようなスキンシップに、手塚は顔を綻ばせた。
もともと饒舌とは程遠い性格な上、言葉にすることも上手くはない。
恋人にするならこれほど面白味のない男はいないだろうと、手塚自身思うのだが、リョーマはそれがいいのだと言ってくれる。
手塚の不器用さを、持ち前の積極性でカバーしてくれる大切な恋人。
前髪を払い除け、顕わにした額に軽くキスすれば擽ったそうに、リョーマは小さく笑った。
「ねぇ、疲れてない?」
「それなりには……だが、これを処理しないことには部活に専念できないからな。体育祭が終わればもう少し時間に余裕ができるだろうから……そしたら、休みの日にどこかに出かけよう」
「二人で?」
「あぁ。ストリートのコートに出るのも良いだろうし、見たいといってた映画があったろう?」
こんなことを言い出す手塚が意外だったのか、彼は整った顔に驚きの表情を浮かべ……次の瞬間には嬉しそうに頬を紅潮させた。
「うんっ、約束だからね」
頷くと、ぴったりと身体を寄せてくる。
そして。
「部長、疲れてるんでしょ?だったらもっと俺のことぎゅってしないとダメだよ」
「?」
「俺もねぇ、疲れてるとき、カルピンのこと抱っこするとなんだか癒される気がするんだ。疲れたときとか悲しいときとかは柔らかくて温かいものを抱き締めるのがいいんだって母さんが言ってた。だからね、部長は俺を抱き締めるの」
ね?と可愛らしく言って預けてくる身体、手塚は愛しさに心がとても、とてもあたたかくなるのを感じてリョーマを胸に深く抱き込んだ。
発展途上とはいえ筋肉のついたしなやかな身体は、手塚の腕に適度な柔らかさを伝えてきたし、触れる体温はとても心地よくて。
なるほど、リョーマの言う通りかもしれない思う。
恋人の癖のない髪をときおり弄びながら、しばらくそうしていると…………
「さっきね、菊丸先輩にチョコレートもらって食べたんだけど」
「あぁ」
「疲れたときには、甘いものも良いんだよね?」
悪戯っぽい問いかけが、なにをいみしているかわからないほど鈍感ではないから。
手塚は恋人の頤を片手で優しく掬い上げて。
期待に輝く瞳が瞼の奥に従順に隠された、その瞬間。
リョーマの言う『甘いもの』を堪能するために、彼の唇に自分のそれをそっと押し付けた。
END
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