作品
シャーベット・キス
暑い。
日本の夏は、暑くて過ごしづらいと聞いていたけれどここまでだとは思わなかった。
暑いだけなら我慢できたかもしれない。
アメリカの夏だって充分暑かった。
問題は、この湿気だ。
むっとする暑さの中を、それこそ泳ぐような感覚で過ごすのは、リョーマにしてみれば正直きつくて。
弱音を吐きたくないから、部活中なんかは、それこそ意地で我慢しているだけだ。
今日も久々のデートだというのに、暑さでついにダウンして、見に行くはずだった映画を先延ばしにする羽目になってしまった。
エアコンの効いた自室でぐったりしながら、悔しい気持ちを噛み締める。
夏が終わってしまったら、恋人と過ごす時間は減ってしまうというのに。
電話口。
受話器越しでも体調の悪いことが明らかなリョーマを慮って、今日の約束はなしにしよう……と言ってきた声を思い出す。
本当は妥協なんてしたくなかった。
無理を押してでも会いたかった。
でも。
手塚がリョーマのことを本当に心配しているのが、伝わってきたから。
困らせてくなくて。
駄々を捏ねるなんて、子供じみた真似はできなかったのだ。
ベッドの上で、ごろりと寝返りを打つ。
「部長に、会いたいな」
溜息のように、小さく呟いたその瞬間。
タイミングを計っていたみたいに、ドアがノックされた。
「リョーマさん、お客さんですよ」
言いながら、扉を開けて従姉が顔を覗かせる。
「お客さん?」
「えぇ、上がってもらいましたからね」
奈々子が身体を引くと、『お客さん』が入れ替わりに部屋へと入ってきて、リョーマは目を見開いた。
「ごゆっくり、どうぞ」
そう言って立ち去る従姉に、軽く会釈をする長身。
「……手塚部長」
「見舞いに来た。具合はどうだ?」
会いたいと思ったら、来てくれた。
そのことが嬉しくて、驚きで……
「越前?」
呆然としたまま言葉もないのを訝しく思ったのか、手塚が心配そうな顔で名を呼んでベッドの端に腰を下ろす。
そっと、大きな手のひらで頭を撫でられて、我に返った。
「あ、あの……びっくりしただけ……」
「そうか」
「今日、ごめんなさい。俺が体調管理できてなかったから……」
「越前は日本の夏は初めてなんだから、仕方ないだろう。日本で生まれ育ってさえ、きついものがあるからな」
優しく言ってくれるのが嬉しい。
夏バテ特有の倦怠感が、ほんの少しだけ楽になったような気さえする。
「あぁ、そうだ……差し入れを持ってきた」
早く食べないと……といって差し出されたのは、コンビニの袋。
中に入っていたのは、オレンジのシャーベット。
甘酸っぱくて、さっぱりした味がお気に入りで。
アイスクリームのこってりとした甘さはあまり得意ではないと言っていた手塚も、これなら大丈夫だろうとすすめたものだ。
そのときのことを覚えていてくれたのだと思ったら、ふわんと優しい気持ちになった。
「ありがと」
「どういたしまして」
柔らかな表情に胸が高鳴る。
それが恥ずかしくて、リョーマは手渡されたシャーベットを食べることで誤魔化した。
冷たくて、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
身体の内側から、冷やされていくのが心地好い。
無言でプラスチックのスプーンを運ぶのを、手塚は普段の厳しい眼差しからは想像できないような優しい瞳で見ていた。
「美味しかった……ご馳走様」
食べ終わって。
ふう、と吐き出した吐息も冷たかった。
その吐息を奪うように。
冷たくなった唇に触れてくる温かいもの。
「…………冷たいな。それに甘い」
悪戯っぽく微笑んだ、恋人の顔。
リョーマの頬に、ぽっと熱が灯って。
「とにかくゆっくり休んで、体調を整えるのを優先してくれ。映画はお預けになったが……レンタルになってから、二人で見るのもいいだろう?」
だから、無理はするな、と訴える言葉に。
紅くなってしまった頬を隠すように小さく頷いた。
END
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