作品
Darling I Love You.
その日手塚は、いつものように放課後を図書室で過ごそうと思っていた。
部活を引退し、生徒会長の職を後任に引き継いでからの、それが日課だったのだが……
『みんなの迷惑になるから』の一言で、隣の書庫に押し込められてしまった。
しかもその一言を言ったのが、手塚が一番大事にしている恋人だというのだから、溜息もつきたくなると言うもの。
図書当番を務めている恋人の名前は越前リョーマ。
今年テニス部に入ってきた後輩で、新年度初のランキング戦からレギュラーの座を獲得するという実力を持った選手だ。
チャンスを与えたのは手塚自身だが、それを逃さなかったのはリョーマの力。
少なからず自分のテニスにも影響を与えた後輩を、いつしかライバルとして以上の感情で見つめるようになり……手塚にとっては幸運だったことに、リョーマもそれは同じらしくて、自然とこういう関係になっていた。
勝気で生意気な仔猫を恋人に持った手塚の苦労は絶えないが、それでも幸せなことには変わりない日々。
そう実感してはいたのだけれど。
さすがに『迷惑』と、きっぱりはっきり言われるのはけっこう切ないものがある。
確かにあのままあそこにいたら、他の生徒には充分迷惑になっていただろう。
何しろ手塚自身にさえ、多大なありがた迷惑なのだから。
朝登校した段階から、これまでの経験を踏まえて予想はしていたけれど……卒業を控えた今年は、例年以上の盛り上がりだった。
当事者である手塚本人を置き去りにして。
テニスバッグはもちろん、気の毒に思ったらしい担任からもらった紙袋の中には、差出人不明のプレゼントの山。
直接渡しに来た者に関しては、受け取り拒否の姿勢を貫いているのに、この量の多さはなんだろう。
重さで底が抜けないように、との配慮で二枚重ねにした紙袋が三つ。
放課後になっても、ひっきりなしに自分を訪ねてくる女生徒たちに、手塚は正直うんざりしていた。
(……何だって、自分の誕生日に、こんなに疲れなくちゃならんのだ……)
今日は手塚の15回目の誕生日。
普段どんなに仏頂面だろうと、友人や家族に祝ってもらえるのは嬉しい……そんな日なのに。
今年は可愛い恋人もいて、密かに心躍らせていた手塚にしてみれば、迷惑なことこの上ない。
リョーマが自分をここに押し込んだのは、最良の策だったろう。
だが、かなりのそっけなさで吐き出された一言に、手塚は思わず遠い目をする。
これがはっきり妬きもちと取れる言われ方なら違ったろうが、恋人はそっけない上にどこか面白がるような雰囲気だったのだ。
全くもって、一筋縄ではいかない。
暮れていく空を眺めながら、手塚が深い溜息をついたとき、音をたてて書庫の扉が開いた。
「先輩、迎えにきたよ」
ひょっこり顔を覗かせたリョーマは、なにやらとても機嫌が良さそうで。
扉を後ろ手に閉めて、手塚のところにやってくると、首に腕を絡ませごろごろと懐いてきた。
手塚が座っているために、髪に鼻先を埋めるようにしている仕種は、本物の猫のようだ。
「ご機嫌だな」
首に回された腕に、手を触れさせながら言うと、リョーマが小さく笑い、吐き出された呼気が耳にかかる。
「あの後もさ、あんたに用がありそうな人たちいっぱい来たんだけど、目当てを見つけられなくてがっかりして出て行くんだ。あんたは俺が隠しちゃったから……ふふっ、ちょっといー気味」
猫は縄張り意識の強い動物だから、わずかでも自分のものに手を出されるのを嫌がる。
なるほど恋人は、優越感を満喫したいと言う理由もあって、自分をここに閉じ込めたのか。
それを追求したところで、素直に認めるわけがないのは手塚もいいかげん学習していた。
何より、この上機嫌が証拠だろう。
朝から感じていた疲労と、先ほどのそっけない一言へのささやかな蟠りが、今感じているリョーマのぬくもりによって霧散していく。
「大体俺を差し置いて、あんたの誕生日を祝おうだなんて百万年くらい早いよ……ねぇ、それ、どうする気なのさ」
顎先で示したのは、差出人不明のプレゼントの山。
そうでなければ手塚が決して受け取らないことを知っているリョーマは、特に気分を害している風ではないようだが、返答次第によっては臍を曲げること間違いなしだ。
「じいさんの伝で、慈善バザーの出品品になる予定だ。毎年そうしている」
「ふーん。あんたは使わないの?」
「気持ちを無下にするわけにはいかんが、思い入れのないものを使うつもりはない……薄情だと思うか?」
「別に。それでいいと思うよ」
「……そうか」
手塚の答えに満足したのか、恋人は頬や目尻に戯れるようなキスを仕掛けてくる。
それに応えるように、背を撫でたり、少し首を伸ばして唇を啄ばんだりしていたが、恋人はやはり気紛れな猫。
自分が満足したら、するりと手塚の腕を抜け出してしまう。
足元に置いた鞄から何かを取り出して、こちらに差し出した。
綺麗にラッピングされたそれは……
「これ、みんなからのプレゼントね。これはちゃんと大事にしてくれるよね」
みんな、とは元三年レギュラーと、桃城・海堂、そしてリョーマのこと。
「当たり前だ。ありがとう。他のみんなには後で改めて礼を言う……開けてもいいか?」
「ドウゾ」
破ってしまわないように包みを開ける。
中から出てきたのは。
洋書が二冊。
手塚が好んで読んでいる海外ミステリ作家の本だ。
一冊は日本では未発売の短編集、もう一冊はアメリカで発表されたばかりらしい新作……こちらも、日本での発売は当分先のものだ。
「これは……」
「あっちの友達に頼んで送ってもらった」
あっち、とはアメリカ。
帰国子女、というリョーマの伝を使っての、仲間たちからの贈り物だった。
「……中間が終わったら、さっそく読ませてもらう。楽しみだ」
自分の言葉にリョーマは嬉しそうに微笑み……だが、しかしすぐ表情を翳らせてしまう。
「越前?」
「……不二先輩と、乾先輩のアイデアなんだよね。それ……なんかちょっと悔しい……あんたのこと、俺よりよくわかってるっぽくて」
「…………」
「本当はさ。それとは別に、俺個人からのプレゼントも贈ろうって思ってたんだ。でも、俺……手塚先輩に何あげたらいいのか、ぜんぜん思い浮かばなくて。俺しか選べない、俺だけが贈れるなにかで、あんたに喜んで欲しいのに……それがちっともわかんないのが、すごい悔しい……」
恋人なのに、と唇を噛み締めるリョーマが、たまらなく愛しい。
そう、これが多分『愛しい』と言う気持ちなのだと思う。
ぎゅっと抱き締めて、腕の中に閉じ込めて……片時も放したくない……激しくて、切ないのが少し痛くて、でもあたたかい、そんな気持ち。
手塚は表情を和らげて、リョーマの頬に手を伸ばす。
「越前、それは仕方ないことだ」
「え?」
「俺にも、おまえが本当に喜んでくれるものがなんなのか、正直言うとわからん。なぜなら、俺たちはまだ出会って一年も経っていない。学年も違うし、四六時中一緒にいるわけでもない。圧倒的に時間が足りてないんだから、知らないことが多くて当たり前だろう」
わかるか、と問い掛ければ、リョーマは不承不承と言った感じで小さく頷いた。
「それはこれからの時間の中で覚えていけばいいことだ」
「先輩の言ってることはわかるけど……でも……」
悔しいものは悔しいのだと、リョーマは唇を尖らせる。
「おまえ、俺と別れるつもりでもあるのか?」
「なっ。そんなのないよっ。あんたは、ずっと、死ぬまで俺だけのもんなの!」
「なら、余計に焦るな。今におまえは、誰よりも俺を知る存在になる。俺もおまえを誰よりも知る存在になりたい。焦ってもいいことはないぞ。誤解や曲解のもとだ。俺たちは、まだ俺たちのペースを探ってる最中なんだからな」
手に持っていたプレゼントを机の上に置き、手塚はリョーマを抱き寄せる。
膝の上に乗せた身体は、誂えたように腕の中に治まった。
大人しくされるがままになっていた恋人は、額を手塚の肩に押し付けながら、唇を開く。
「あんた、ズルイよ。そういうこと、さらっといっちゃってさ」
「一応、年上だからな。たまにはいいだろう?」
「たまにじゃないから、むかつくの!」
ぎゅっと、しがみついてきた身体。
可愛くて大事な恋人……自分にこんなにも執着を覚えさせた、唯一無二の……
「越前」
「ん?」
「あるぞ、おまえだけができる、俺へのプレゼント」
「それって、何?」
ぴったりくっついて、頭を撫でられて、機嫌の直った仔猫が伏せていた顔を起こして、手塚を見つめる。
「『好きだ』と言って欲しい」
「はぁ?」
「おまえの口から聞きたい」
「そんなのが、プレゼントになるわけ?」
「あぁ。おまえ以外に言われても、何の意味もない言葉だ。それによくよく考えてみれば、俺たちの間にそういうやり取りはなかったからな」
そうなのだ。
付き合い始める、きっかけのようなものはあった。
部室で偶然二人きりになったとき、どちらからともなく顔を寄せ……気付いたらキスしていて。
『あんた、俺のこと好きなの?』
『……どうやら、そうみたいだ』
『俺もだよ。同じだね』
思い返してみれば、あれが契機となって、いつのまにか自然に『恋人同士』に落ち着いていたが、はっきりと告白しあったわけではない。
言葉にするよりも、ちょっとした仕種や触れ合うことの方が、自分の気持ちが伝わるような気がして。
本能じみた付き合いは、幼い子供か、獣同士のようだけど、自分たちらしいと言えなくもない。
けれど、それを自覚したなら、言葉にしてほしいと思うのが人情だ。
「そんなんで、本当にいいの?」
「あぁ……ダメか?」
「ダメじゃないけど……」
勝気なリョーマにはらしくなく、頬を紅くしながら、視線を彷徨わせていたけれど、やがて手塚を魅了したあの眼差しで射抜くようにこちらを見た。
そっと、耳元に唇を寄せて……
『I love you……』
育った国の言葉で、気持ちを告げてくれた恋人に、手塚は喜色を孕んだ笑顔を見せる。
なぜか息を呑んで、固まってしまったリョーマのやわらかい頬に手を伸ばし、優しくくちづけて。
「ありがとう。俺もおまえが好きだ」
囁いて抱き締める。
放課後の薄暗い書庫で。
下校時刻を知らせるチャイムが響く中、恋人の体温を堪能する、なんて幸福な15の誕生日。
END
タグ:[短編]