庭球小説

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作品

一章 櫻霞月・七

 鳥の囀りに目を覚ます。
 朝の光に満たされた部屋。
 リョーマは瞬きを何度掠ると、寝台の上に身体を起こした。
 この部屋での生活も、早6日目。
 元の世界にいるときは、誰もが匙を投げるほど寝汚い性質であったのだが、天領に来てからというもの目覚ましがなくても自然とほぼ定時に瞼が開く。
 不二に聞いたところによると、加護女は『気』の流れに敏感だからだそうだ。
 夜から朝へと転じる。
 つまり『陰気』から『陽気』へと。
 世界も、人も、全ての生き物も。
 どうやらリョーマは、それを感じて目が覚めてしまうようなのだった。
 無意識のことなので、不快ではない。
 むしろ。
「目覚ましなくても起きるなんて、便利だよなぁ」
 目を擦りながら、リョーマは変じた己の体質への感想を口にした。
「リョーマ様、おはようございます」
 まるでタイミングを計ったかのように、衝立から姿を現したのは、不二の式神。
 身の回りの世話をするためと、夜の間の警護に、彼女が付けてくれたのである。
 翡翠色のアオザイを着た若い女性の姿をした式神は、顔を洗うための水を湛えた盥を手に立っていた。
「おはよう、周助たちは?」
「主様たちもお目覚めです。今お支度をなさっておられるので、間もなくこちらにおいでになるでしょう」
「そう」
 いそいそと洗面を済ませ、式神が用意してくれた衣装に袖を通す。
 不二が即日手配してくれたので、リョーマのための衣服は、今のところすべて上着とズボンの丈が短くなっているアオザイの変形版だ。
 足元は、素足に少し底の厚い皮製のサンダル。
 ここに来た時に履いていたテニスシューズは、すっかり乾いているけれど学生服と一緒にしまったまま。
 こちらの衣装には、全然合わないのだから仕方がない。
 着替える度に目に入る女の身体にも、何とか慣れた。
 とりあえず目を開けたまま風呂に入れる程度には。
 どうしたって自分の身体なのだ。
 慣れるしかないではないか。
 一通り用がすむといつのまにか式神の姿はない。
 櫛で寝癖のついた髪を撫で付け、リビングスペースへと移動した。
「おはよう、リョーマくん」
「おっはよー」
「おはよう、周助、英二」
 すっかり支度を整えて、この部屋にやってきていた不二と菊丸に朝の挨拶をするのも、もう既に日課となっている。
「朝食の準備はもうできてるよ。食べようか?」
「うん」
 食欲を刺激するいい匂いがダイニングから香っていた。
 和食が恋しくないわけじゃないけど、河村の料理は本当に美味しくて、不満を挟む隙がない。
 中華もいいかな、と最近は思い始めるほどだ。
 円卓の中央に置かれた器からは、暖かそうな湯気が昇っている。
 天領での朝食は、大抵がお粥だった。
 といっても白粥ではなくバリエーションが豊かなので、飽きることはない。
 不二が小振りの器によそってくれたものを手渡してくれる。
 今日は卵粥。
 ふんわりとした餡がかかったそれは、蕩けるほど美味しかった。
「河村さんって、本当に料理上手だよね」
「うんうん。不二の幸せ者―」
「ありがと。でも僕は別にタカさんの料理の腕だけを好きになったわけじゃないよ。それも含めて、全部好きなんだから」
 恋人の料理を味わいながら、惚気る不二にリョーマは菊丸と目を合わせる。
 いつもにこにこ笑顔で、リョーマには真実とっても優しい不二なのだが、決してわかりやすい性格とは言えない。
 その彼女がここまでわかりやすくなるのだから、よほど惚れ込んでいるのだろうと、リョーマはなんだか微笑ましくなってしまう。
「でもさぁ、河村さんって料理人かなんかだったの?英二は剣豪っていってたけど、どういう経緯で手塚さんの私官になったの?聞いてもいい?」
 料理上手な剣豪。
 果てしなく興味をそそられる。
「タカさんは、もともとは軍人だよ。西州の州師(州の軍隊)にいたんだ。といっても任官を受けた武官じゃなくて、徴兵で集められた歩兵だったんだけど……一昨年の武徳の会で、優勝してね。それがきっかけで宮城に招かれたんだ」
「ちなみに武徳の会っていうのは、毎年秋に北辰王主催で行われる武術大会のことにゃ。基本的に武官たちの腕を競うためのものなんだけど、兵役についている民間人や、正位貴族や、上級官吏の推挙を受けた武術家なんかも出場できる……これで優勝するのはすっごい名誉にゃ。もっとも手塚がそれだけでタカさんを私官に指名したわけじゃないんだけどね」
「武徳の会の優勝者には、望む報酬が与えられるんだけど……タカさんは、宮城の料理人に弟子入りしたいって言ったんだよ。いまだかつて、そんなことを願った優勝者は当たり前だけどいなくてね。しかもそれが目的で、徴兵に応じて、部徳の会に出たっていうんだから……それが手塚のツボにはまっちゃったんだ。あの手塚がだよ?面白いって言って、この紫電宮の厨房を仕切る料理長に弟子入りを許して、ついでに私官に召し上げたというわけ」
「普通料理を極めたくて軍人になるって言う人、あんまりいないもんねぇ」
 菊丸がけらけらと笑うのを、リョーマはどう返答したものかと答えに窮した。
 確かに普通、そんなことは考えもつかないだろう。
「亡くなられた父上が西州でも高名な料理人だったそうだよ。その父上を超える師匠を……と思ったときに思いついたのが、王に料理を提供している宮廷料理人、ということだったみたいだ。僕もはっきり聞いたわけじゃないけどね。優れた舌を持ってたのと、基礎はきっちり父上に仕込まれてたので、あれよあれよという間にこの腕前」
「ふぅん。じゃあ、河村さんって普段は、料理人の修行してるの?」
「そ。もちろん桃とか海堂とかと打ち合って、武術の鍛錬もしてるけど。武徳の会がきっかけで召し上げられたのに、そちらの腕が鈍ったんじゃ申し訳ないって言ってたにゃ」
「あの人は律儀だからね。そうじゃなかったら、タカさんじゃないけど」
 微笑む顔そのものが、既に惚気だ。
 黙っているだけで充分美しい不二の顔が、一番綺麗に輝くのは……少なくともリョーマが知りうる限りでは河村といるとき、河村のことを話すとき。
 それは菊丸も同じことなのだけれど。
 そういうのが、リョーマにはちょっと羨ましい。
 羨ましい、という気持ちなのだと思う。
 互いにとって互いが一番、という人のことを話す彼女たちが、とても嬉しそうで、幸せそうで。
 でも初恋もまだのリョーマには、何もかもが漠然としていて。
 胸にただ一人の顔が浮かぶわけも、輪郭さえ持たないから。
 気配は感じる。
 この瑠璃宮を守る彼の結界。
 震えるように、リョーマの心に触れてくる彼が自分を気遣う『気』。
 とても嬉しい。
 まだ我慢ができる。
 けれど会いたい。
 ちゃんと話がしたい。
 それが無理なら、せめて顔が見たい。
 顔を見るだけで、いいから。
「リョーマくん?」
 黙りこんだリョーマを不二が心配そうに覗き込む。
「不二の惚気話、聞き飽きちゃった?」
 おどけた菊丸の口調にも心配が滲んでいる。
「違うよ、英二。そうじゃなくてさ。なんかね……周助が河村さんの話してるの見てたら…………手塚さんに会いたいなぁって。顔だけでも見たいなぁって思っちゃっただけ」
 忙しいのは、わかっているけれど。
 リョーマが天領で目覚めたあの日以来、手塚を感じるのは気配のみ。
 それから、時折手塚に呼ばれ、リョーマのことを報告に行く不二からもたらされる、人伝の様子。
「うーん。手塚もねぇ。本当にしょうがないから」
「そうそう。素直じゃないよね。おちびのことを気にしてここのところ眉間の皺が増えてるって大石も言ってるのに」
「まぁ、戸惑う気持ちもわからないでもないけど。だってね、リョーマくん。人生二十年、真面目一辺倒でやってきて、ある日突然この人が運命の人ですって現れたのが九つも離れた子だったら、僕でもちょっと戸惑うよ。君が手塚の立場だとしたら、三つの子が目の前に現れたってことなんだから」
「それは……うん。わかる……ような気がするけど……」
 確かに三つの子供が運命の相手、とか言われたらリョーマだってどうしたらいいかわからないに違いない。
「……きな臭い噂があるってことは話したよね」
「うん」
「謀反……てほどじゃないんだけど、虎視眈々とそれに等しいことを狙ってやろうとしている輩が、いるんだよね。君にも無関係じゃない」
「どういうこと?」
「自分の娘を手塚の『加護女』にって、思ってるのがいるんだよ。北辰王の殆どは、加護女を妻に娶る。そうして男の子が生まれたなら、その子が次の北辰王だ。外戚関係を築いて、間接的に政を支配したいんだろう。仮にそうなったとしても、実際問題それができるわけはないんだけどね。北辰王は天の理で守られてる。この国同様、何者からも侵されざる存在だから、人の欲に縛られるような人間なら、七星剣がまず己の主とは認めない。勘違いしてる輩が本当に多いんだよ。そしていまや仮定の話に意味はない。だって手塚にはリョーマくんがいるんだから。だから、余計に君という存在に対して慎重にならざるをえない。誓約を交わしていないのをいいことに、君をどうにかしてしまおう……なーんてことにまでやつらの考えが及んでしまわないとも限らないからね」
 不二は冗談めかしているが、淡いブルーの瞳は恐ろしく本気だった。
「それって、天城のジジィだろ。俺あいつキラーい」
「僕だって好きなわけないだろ。むしろ許されるなら呪い殺してやりたいくらいなんだから」
「あ、そーか。不二、あのジジィに色目使われてるんだっけ。でも、とことん無視してんでしょ?」
「当たり前。こともあろうに、タカさんのこと侮辱して。いつか絶対後悔させてやる。その娘も、まさにあの親あってって感じだしね」
「綺麗なのは外見だけ。おちび、聞いてよ!その天城の姫ときたらさ、自分以外『加護女』に相応しいものはないとか思ってやがってさ。手塚の周りに近付く女のこと如くをいびり倒すわけ。確かに天城家は王家にも近い有力貴族だけど、そんなことしていいわけないじゃん?俺も不二も私官に召し上げられたときは、散々嫌味言われたにゃ。『半陽』でも女は女。伴侶は男女どちらでも正式に結婚できるし、子供だって生める。妊娠してからは男になることはなくなるから完全に女だし。過去にはおちびみたく『半陽』が加護女に立った例だってあるもんだから、そりゃあ、もう、激しく目の敵にされたよ。まぁ、そんなのに叩かれる俺たちじゃないけどねっ」
「…………えげつないってこと?」
 眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている菊丸に言うと、そのとーりとばかりに大きく頷く。
「そういうえげつないやつらの耳に、君のことが洩れたら大変だ。何をしてくるかわからない。少なくとも、手塚が戸惑いをどうにかできないうちはね」
「…………」
「手塚は政には切れるくせに、そういう『私』の部分の感情に振り回されることに慣れてない。君のことが大切だと想うから、よけいにね。女性経験はそれなりにあるけど、誰か一人を特別に想って、真剣に向き合ったことはないから、折り合いつけるのも時間がかかるんだよ。こないだも言ったろ?手塚は君とちゃんと話をしたいと思ってる。僕の目の前で言ったからね。ただ……きな臭い噂云々とかとは別に、本当に忙しいってのもあるんだよ。乾が時間を調整するとは言ってたけど、すぐには難しいとも言ってたから……」
「うん……わかった。俺、ちゃんと待てるよ。手塚さんのこと、信じたいし。ただちょっと、周助たちが羨ましかっただけなんだから」
 顔を綻ばせたリョーマに、不二たちもほっとしたようだった。
 羨ましいのは本当。
 でも、一人でいるわけではないから。
 手塚は自分を一人にしないでいてくれたから、我慢できる。
 そのまま穏やかに朝食を終えて、いつものように午前中は不二に力の使い方を教わる。
 不二のやり方は、机上で理論を捏ねるのではなく、あくまでも実践派。
 実際にリョーマに力を使わせ、その呼吸を覚えさせた上で、原理を説く。
 そのやり方は、リョーマの性格に合っているらしく、退屈を感じたことは今までなかった。
 菊丸は時々席を外したりするが、大抵は鍛錬するリョーマの近くで、その光景を見守っている。
「あれ?今日は外でやるの?」
 首を傾げたのは菊丸で、リョーマもそれに倣う。
 ここに来てから宮の外に出たのは、初めにパニックを起こしたとき以来だ。
「外、出てもいいの?」
「もちろん。ただ、瑠璃宮から離れないことが条件だよ。一人のときも、今は、止めたほうがいい。あくまでも手塚の結界の外には出ないこと。……綺麗な庭園なんかもあるから、そのうち案内してあげるよ」
 室内の大きく張り出した窓を開け、不二に誘われるまま陽光注ぐ外へと足を踏み出した。
 甘く香っているのは、咲き誇る花々。
 リョーマはその空気を大きく吸い込んだ。
「にゃー、いい天気」
 身体を伸ばしながら菊丸が言う。
 アメリカでも日本でも都市部に住んでいたリョーマにとって、こんな風に自然が溢れているのは大きな公園くらいだった。
 のびのびと、あるがままにある自然は、とても心地いい。
「今日はね、リョーマくん。基礎から一歩踏み込んで、君に式神の作り方を教えるよ」
「式神?俺にも作れるの?」
「うん……まぁ、『加護女』の式神は法術師のそれとは違うから作るというのとは微妙に違うけど……」
 言って、懐から長方形の紙を取り出した。
 文字やら図形やらが複雑に書かれたそれは呪符である。
 不二はそれに、ふっと息を吹きかけた。
 すると呪符はむくむくと形を変えて、白い小鳥になって翼を羽ばたかせる。
「これが法術師の式神の一つ。呪符を媒介にして、鳥や蝶……主に小動物の姿をとらせることが多いけど、単純な役目に形を与えたものだね。伝言だったり、偵察だったり。用途別に用意した呪符から作るんだ。君の暴走を止めるために飛ばした式神みたいに、術そのものとして応用することはできるけど、基本的に単純作業向き」
 小鳥はリョーマの周りをしばらく飛び回ってから、何処かへと行ってしまった。
「今のは、手塚に飛ばしたんだ。今日のリョーマくんの様子を教えようと思ってね」
 悪戯っぽくそう言って、不二は綺麗にウインクした。
 菊丸も、なにやら含み笑いをしているのでリョーマは自分の頬が紅くなるのを自覚する。
「それからもう一つが……自然の光気に長い時間晒して霊力を持たせた玉なんかを核にして作る、人型のもの。法力を込めて名と形を与えたもので、日々の雑用から、術の補佐、護衛……一体で様々な用途に対応できる高性能な式神だよ。呪符を使ったものは、いわば使い捨てだけど、こっちは、術者が解除するか、核となっているものが破壊されない限りは半永久的……自己判断もできるし、長く使えば、人よりは乏しいけど感情みたいなのも芽生えるしね……玲萌(レイホウ)」
 不二が真珠を連ねた首飾りに手を伸ばすと、そのうちの一つに力が満ちて、目の前に見慣れた人影が姿を現す。
 翡翠色のアオザイを着た若い女。
 リョーマの世話をしてくれている、式神である。
「彼女は僕が一番初めに作った人型の式神だよ。かれこれ10年の付き合いになる」
 リョーマに一礼した式神は、主の背後に楚々と控えた。
「ちなみにおちび。これは法術の中でも超高等術ってやつだからな。10年前っつったら、不二は8歳の子供にゃ。8歳の子供が人型の式神作るなんて、とんでもないこと極まりないのにゃ」
 こわごわと口にする菊丸の言葉に、不二のほうを見てみると彼女はいつもの優しげな笑みを浮かべていた。
 確かにそんな幼いころから、強大な力を制御する術を身につけているとしたら空恐ろしいことこの上ないかもしれない。
「大きすぎる力って、怖くない?」
「怖くないといえば嘘だけど……もっと怖いのは、その力を制御できないことだからね。言ったろ、覚えさえすれば、力は怖がることなんてないって」
「…………そう、だね」
「よし。じゃあ、続きに行くよ。法術師の式神というのは、そのものの霊力の有無にかかわらず無機物の媒介を通して、自分自身の法力に形を与えたものだ。術者の分身といってもいい。でも『加護女』の式神は違う。加護女の使うのは万物の力。陰陽の理に属するものなら、いかなるものでも式神として従えることが可能なんだ。可能といっても、式神への向き不向きもあるけどね。形があって命のあるもの、それなりに年を経た樹木なんかが一般的とされてる。そうだなぁ……リョーマくん、ここにある植物の中でリョーマくんが惹かれるものを探して、そして見つけたら名を与えてごらん」
「名前を与えるって、適当に?」
「そうだけど、そうじゃない……かな。そのものの名は、存在自身の中に潜んでいる本質だ。加護女はそれを見つけることができるから、自分とはまったく違う存在を己の式神とできるんだよ」
「…………」
「とにかくやってごらん。『気』を読む要領で、君の最初の式神を見つけるんだ」
「うん」
 言われるまま頷いて。
 リョーマは精神を集中させる。
 生き物には等しく『気』が存在していると、リョーマは既に知っているから。
 それを読む。
 まるでリョーマに語りかけるように、触れてくるそれらを……
 北辰王が天の理に守られている者であるならば、加護女は万物に愛されている者。
 彼らは決して、加護女の存在を拒むことはない。
 ふと、心を震わせる何かを感じて、リョーマは目を閉じたままそちらに歩き出す。
 数歩行き、立ち止まって伸ばした手に触れる、幹の感触。
 わずかにささくれた固い木肌からは、波紋のように温もりが伝わってきた。
 とくんとくんと、鼓動にも似た。
 目を開けると、今が盛りと花を咲かせる李がそこにはあった。
 白い花が、霧のようにリョーマの視界を歪ませて。
 再び瞼を下ろしてしまう。
 そうして深く、潜っていく。
 それは錯覚ではない。
 本質を探るために、そのものの奥深い場所へと。
 言葉が、胸の奥深いところから浮かんできた。
「…………透理(トウリ)」
 ふわりと手がぬくもりに包まれたのを感じて、リョーマは目を開ける。
 本性である李の樹を背に、男物の官服に身を包んだ若い女が、膝を付きリョーマの手を捧げ持っていた。
「お召しいただけまして、光栄です。元君」
 女は、リョーマの手を離し一瞬視線を合わせると、深々と叩頭した。
 リョーマはその女と、後ろでも見守っていた不二とを困惑したように交互に見つめる。
「元君って言うのは、加護女の尊称……だから、君のこと。そしてその李の精は、君が式神に下したんだ。李(リ)は理(リ)に通じる、すなわち理を透(通)す者か。いい名を持つ式神を選んだね、リョーマくん」
「すごいにゃあ、おちび」
 にこにこ笑う、不二と菊丸。
 リョーマはなんだか夢から覚めたような気持ちになって、口元に笑みを上らせる。
 それから、叩頭したままの己の式神に視線を向けた。
「えっと……透理?」
「はい」
 顔を上げることを許すと、透理はゆっくりと身を起こす。
 膝をついたままの彼女の顔は、凛々しくはあるもののどことはなしに従姉に似ている……とぼんやり思った。
「とりあえず、これからよろしくね」
 式神の顔が、やわらかく微笑む。
「はい、元君。身命を賭してお仕え申し上げます」
 その言葉に、微笑み返すことで応えながら、確実に昇ることのできた一歩を噛み締め、リョーマは決意を新たにしていた。
 手塚の加護女として恥じないように相応しくなること。
 その決意を。

                                 

続く

  • 2011/05/31 (火) 15:28

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