庭球小説

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三章 梔涙月・参

 リョーマはその小さな物体を摘み上げ、しげしげと息を詰めて凝視した。
 一見して玉の形に見えるもので、金具が取り付けられている。
 樹脂がすっかり乾いてるのを確認して、そろそろと息を吐いた。
「できた」
 明らかにほっとした様子のリョーマに、長椅子に並んで座った菊丸が笑いかける。
「よかったにゃ、おちび。初めて作ったにしてはよくできてると思うぞ」
「うん、ありがと。これも英二たちがいろいろ教えてくれたからだよ」
 リョーマの手のひらの上に転がっている小さな物体。
 二つあるそれはもちろん一対で……リョーマが作った手塚の耳環(みみかざり)だ。
 透理の本性である李の期から手ごろな枝を一本切り、そこからさらに切り出した欠片をやすりで球形に磨き上げてから留具を付けて、瑠璃を粉末状にしたものを樹脂に混ぜて丁寧に塗った物だ。
 仕上げに樹脂をもう一塗りして乾かしていたのだが……それがようやく完成した。
 大きさはリョーマの小指の爪ほどもない、本当に小さなものだ。
 別に存在を主張する必要はない。
 ただひっそりと手塚の耳朶を飾ってくれればいいから。
 シンプルな方が手塚には似合いだと思い、特に装飾は施さなかった。
 粉末にした瑠璃は、深く落ち着いた色合いの藍色に落ち着き、樹脂をもう一度塗るという一手間をかけたおかげでとろりとした艶が生まれた。
 本物の宝石を使ったものには見劣りするが、それでもそれなりの出来映えにリョーマは満足している。
 あとは手塚が気に入ってくれるか……だが。
「大丈夫にゃ。絶対気に入るって!」
「……何で俺が考えてることわかるの?」
「俺はおちびや不二みたいに『気』が読めるわけじゃないけどさ、タカさんのこと考えてる不二だったり、手塚のこと考えてるおちびのことは大体わかっちゃったりするわけ」
「どうして?」
「伊達に男女の駆け引きの世界に身を置いてなかったってことにゃ」
 それはかつて花柳界にいたことを示唆しているのだが、それはわかっても、何でそれが自分たちの考えてることを推察できるのかはリョーマには今いちよくわからない。
『気』が読めなくても、菊丸は察しがいいほうだから、そのせいもあるんだろうなとしか思えないのだ。
 それが顔に出ていたのだろうか。
 菊丸は悪戯っぽく笑った。
「いまはわからなくても、大人になったら俺の言ってる意味、おちびにもわかるようになるにゃ」
 心が成長することに急ぐことなんかないんだと、彼は言う。
「そうかな?」
「そうにゃ。階段はゆっくり慎重に一歩ずつ。でないとどこで踏み外すかわからないからないだろ?」
 年長者らしくそう言って、リョーマの頭をがしがしと撫でた。
「……うん、そう思うことにする……」
「もー、おちびってば可愛いー」
 素直に頷くと、いつものようにぎゅうっと抱き締められる。
 察して避けようとしたが、間に合わず。
 こうなってしまったら大人しく身を任せておくに限る……とこの数ヶ月ですっかり学んでしまった。
 菊丸に抱きしめられて……ふとした違和感。
 そのわけに思い至って、リョーマは顔を曇らせる。
「ん?どした、おちび」
「…………周助……大丈夫なのかな……」
 ぽつりと漏らした言葉に、菊丸も憂慮の色を覗かせた。
 夕食の後の歓談。
 いつもの日課なのに……不二は食事が終わると早々、自室に引き上げてしまった。
 出されたものにはそれなりに箸をつけていたが、それでも少しばかり小食になっているように思える。
 明らかに顔色が良くなくて。
 陰の気がいまだ安定しないまま女性体になったものだから、過敏になっているだけだと言っていた。
 日中は陽の気が、夕方を過ぎ夜になれば陰の気が濃くなる。
 人の気は陰陽の均衡が取れていてこそ万全なので……もともと他者より陰の気が強い不二は『気』の状態が不安定だと、夜の気配に当てられてしまうのだと。
 昼間は比較的平気そうな顔をしているのだが、ここのところ夜になるとそそくさと部屋に引き上げていってしまう。
 それはこれまでにはなかったことだ。
 心配でないわけがない。
 気息・気道の整え方は習ったけれど、いまだ他者のそれを調整するまでは至っていないリョーマには何をしてやることもできないのが歯痒い。
 当代一の法術師と謡われる不二自身が、己の気を上手くコントロールできないようなのに、未熟な自分がその不二の気を調整するなど……
 不二や菊丸には本当に優しくしてもらった。
 無償の愛情とでも言うのだろうか。
 手塚とは別の意味で、二人にはいっぱいいっぱい支えてもらったから。
 二人に何かあったときは自分も精一杯のことをしたいと思うのに、何もできなくて。
 それがとても。
とても情けなかった。
「おちびがそんな顔してたら駄目にゃ。心配するなとは言わないよ。俺だって不二のことは心配だし……でも、それで落ち込んでたら不二にはその方が辛い。不二のことはタカさんが気を配ってる。心配はしてもいいにゃ。俺にもおちびにもできることはある。それはね、いつも通りにいることだよ。不二にはそれが一番大事なことなんだから」
 小さな子供を諭すように言い含められて、リョーマは納得するしかない。
 確かにそれしかいまの自分にはできそうにないのだから。
「リョーマ様」
 菊丸の腕の中、俯いたままの自分を案じるようにかけられた声は式神のもの。
「なに、透理」
「主上がお見えになっています。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「国光が……?うん、通して」
 顔をあげると、菊丸と目が合った。
 彼はリョーマの心に落ちた影を払拭するように明るく笑う。
「手塚が来たんなら、俺はお邪魔だろうから退出するにゃ。おちび、せっかく完成したそれ、ちゃーんと見せてやれよ」
 ぽん、と肩を一つ叩いて立ち上がり衝立の向こうに消えた。
 入れ違いに手塚が姿を現す。
「リョーマ?」
「…………国光」
 手塚の目が心配そうに細められる。
 そうしてさっきまで菊丸が腰掛けていた場所に座り、リョーマの顔を覗き込んだ。
「どうした?何かあったか?」
「ん……あのね、周助のこと話してたんだ」
「不二のことか」
「うん。周助、こないだから体調悪そうで……夜になると特にひどくなるみたいなんだけど、今日もご飯食べたら部屋に戻っちゃったんだ。いつもならおしゃべりしていくのに。ご飯食べる量もなんだか少なくて……英二はね、心配するのは当然だけど、いつも通りにするのが周助には一番いいって言う……それしかできないって俺も思うんだけど……本当にそれでいいのかな?」
 菊丸の前では素直に納得したけど。
 でも心のどこかでは、他にもできることがあるんじゃないかって。
 他にももっとしたいんだって訴える自分がいて。
 手塚には、心からの弱音を言えるから。
 彼にだけは何も隠していたくないと思うから。
 正直な自分の気持ちを吐露した。
「不二のことは、河村からも報告を受けてる」
「河村さん?」
「あぁ。昼間わざわざ執務室まで来た」
「そう……英二も河村さん、周助のこと気にかけてるって言ってた。恋人だもん、当たり前だよね」
「あぁ、あいつは本当に不二を大事にしてる。不二が弱音を吐けるただ一人の人間だしな……あいつは昔から頑固で……弱みを曝け出すのを善しとしない。そう、河村を除いては。リョーマ、おまえの気持ちはわからないでもない。俺も似たようなものだ。できることがあるんじゃないかと探してみても、できることが少なくて歯痒い……だから、できることをするしかない。菊丸の言っていることは、間違っていない……」
「…………うん」
 不二の現状を知っているというなら、手塚も心配していないわけがない。
 歯痒さを噛み締めているのは、自分だけではない。
 おそらく菊丸も。
 ひょっとしたら河村だって。
「リョーマ」
「なぁに?」
「不二には、あることを頼んでいる」
「あること?」
「天城の監視だ。式神を使った遠見の術でやつの動向を監視してもらっている……それが、不二の体調に影響してるんだ……いまは大人しくしているが、だからと言って天城を野放しにしておくことはできない。それを不二も良くわかってる。だから……いまさらやめろともいえない……おまえにそんな顔をさせている原因は、元を正せば俺自身だ……」
 手塚の目が辛そうに伏せられる。
 それを見てリョーマは慌てて首を振った。
「違う……国光が悪いんじゃないよ……俺が言いたかったのは、そんなことじゃなくて……そうじゃ……なくて……」
 上手い言葉を探せないのがもどかしい。
 伝えたい気持ちが上手く表現できなくて、唇を何度も噛んだ。
「……あぁ、わかっているよ。自分が不甲斐ないだけだ……」
 苦笑、というのとは違う。
 あまりに真摯で、見ているほうが切なくなるような微かな笑み。
 何かを言わなければと思うのに……
 じっと見つめていると、手塚は小さく首を傾げ、手を伸ばしてそっと頬に触れてきた。
 大きな手のひらの乾いた感触。
 リョーマのほうが体温が高いのだろう、少しひんやりと感じるぬくもりに、心臓が高鳴って……さっきまでと違う感情が心に沸き上がってくる。
「くにみつ?」
 頬にあった手が、いつしか肩へ……そうして気がついたら、広い胸に頬を押し付ける形となっていた。
「……なにがあっても奪わせない……」
 低く呟かれた声が耳に届いた瞬間、抱き締められているのだとようやく思い至って……全身は熱く、頭は真っ白になってしまう。
 なんで、どうしてと……
 手塚に抱き締められたのは初めてではない。
 これで二度目だ。
 抱き締めるという行為だったら、菊丸にしょっちゅうされているのに……
 全然違う。
 心臓はばくばくしているし、思考はちっとも定まらないし。
 戸惑って少しだけ身じろぐと、ますます強く腕に力が篭もった。
 胸の奥深くから、じわりと広がってきたもの。
 ひたひたと心を満たすもの。
 心臓は相変わらず激しい鼓動を刻み、物事を深くは考えられないけど。
 沸き上がる感情は。
 手塚にきつく抱き締められて。
(……どうしよ……なんだか、すごく……嬉しい……)
 不二のことを心配する気持ちはまだあって。
 でもそれとはまったく別に、喜びが全身に染みていく。
 応えるように手を伸ばして、手塚の背に添わせようとしたところで気付く。
 手のひらの中の耳環。
 自分を抱き締める男のために作った。
「国光」
 名を呼ぶ声は手塚に抱き締められているからくぐもってしまう。
「………………なんだ?」
 返答はしばらく間を置いて耳に届いた。
「あの、俺、渡したいものあるんだ。ちょっと離してくれない?」
 本当は惜しいけど。
 もうちょっとぎゅってしてもらいたかったけど。
「あぁ……いきなり、すまなかったな」
 ゆっくりと離れていった体温。
 手塚は自分の行動に照れているようだった。
「ううん……別に、嫌じゃなかったし」
 頬だけじゃない、耳も首もまだ熱い。
 けれどそれだけは言っとかなきゃ。
「これ……今日、完成したんだ。約束の耳環」
 顔を見るのが恥ずかしくて、手のひらだけを差し出す。
 注がれる視線。
 耳環を覆うように、手塚の手が重ねられた。
「リョーマ……顔を上げてくれ。顔を見て言いたい」
 請われてそろそろと顔を上げる。
 手塚がとても優しく、嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、リョーマ。とてもあたたかい、護りの力を感じる。おまえの力だ……とても、嬉しいよ」
 リョーマは自分が気絶してしまわないのが不思議だった。
 それくらい綺麗で、蕩けてしまいそうな笑顔だったのだ。
 治まりかけていた熱が、またリョーマの全身を灼く。
 指まで真っ赤になっているのが視界に映って、余計に恥ずかしくなる。
「国光がくれるものには全然敵わないけど……っ」
 手塚と触れ合っていない方の手を、自分の耳朶に伸ばした。
 指の腹に固い感触。
 普段使い用に、と手塚がくれた小さな耳環。
 大陸の向こう、西の果ての海でしか取れない、ピンク色の真珠。
 珊瑚によく似ているけれど、炎が揺らめくような……あるいは波が寄せては返しているようなあえかな模様と、上品な光沢。
 稀少品で滅多に産出されずこの国では手に入りにくいそれを、手塚は耳環に仕立ててプレゼントしてくれたのだ。
 大きさは人差し指の爪ほど。
 形はいびつで不揃い、色も微妙に異なる。
 可愛い花びらのようなそれを、リョーマは一目で気に入った。
「そんなことはない……リョーマが俺のために作ってくれた。大事なのはその気持ちで、だからこれは俺にとってどんな高価なものよりも価値がある耳環だ」
 触れていただけだった手が、耳環ごとリョーマの手のひらを包み込む。
「約束は、もう一つあったな」
「え?」
「おまえが作ってくれた耳環……おまえの手で俺の耳につけてくれると」
 確かにそう言ったけれど。
「いま?」
「あぁ」
「で、でも。周助も大石さんもいないから、麻酔とかできないよ?場所は自分でするようになったから大体わかるけど……俺、痛覚を麻痺させる方法なんて習ってないし」
 法術と加護女の力は根本的に違うものだし。
 万が一大流血なんてことになったら……
「構わん。痛みは平気だし、血が出るのが心配なら、俺が不二にしてもらったように、金具部分にあらかじめ治癒術をかけておけばいい。治癒術のかけ方の基礎は習ったんだろう?不二に術を教えたのは母上だからな。充分万物の力に応用がきくはずだ」
「国光のお母さんが?」
「あぁ。不二の法力は尋常ではない。並みの法術師では制御法すら教えられなかった。だから母上が引き取って指南したんだ。だからあいつの法術は加護女の力に応用できる」
「普通は無理なの?」
「まず無理だな。万物の力を己のものとしている加護女に、自身はそれを借り物としている法術師が教えられることはほとんどないといっていい。不二は特例中の特例だ」
「で、でも……加護女は術とか力とかは無縁だった人が多いから、『誓約の儀』までに勉強するんだって俺聞いてるけど」
「そうだ。春官長や、占師を任じられている法術師に教えを請うが、それは通り一辺倒なものでしかない。力を使う心得や、儀式などの決まりごとなんかだな。普通は『加護女』の式神の得方など教えられられん。それは加護女が自ら覚えていくものだ。例えば赤ん坊がいつしか言葉を覚えていくみたいに……だから、『誓約の儀』以前に式神を得た加護女は少ない。俺が知るのは、母上と……それからリョーマ、おまえくらいだ」
「国光のお母さんって、すごいんだね」
「あぁ……母上は加護女の位をいただく前は『巫女』をしていたからな。力の使い方をよくご存知だった……で、リョーマ。俺は今これを付けてもらいたいんだがな……いいだろうか?」
 じっと見つめられて、動悸が蘇える。
 そんな風に見つめられたら、頷くしかないではないか。
「わかった。ちょっと待ってて」
 リョーマは手のひらの上、一対の耳環を見下ろす。
 反対側の指を二本揃えて、金具部分に押し当てた。
 不二に教えてもらった方法……加護女の力の使い方は、主に『祈り』と『言葉』に集約されるということだった。
 万物五行の力の受け皿となるだけでなく、『祈り』と『言葉』を方程式のように組み合わせることで多用に使いこなす。
(……治・快・癒……)
 例えば傷が治るように、それを連想させる文字をいくつか思い浮かべ、そのように祈る。
 言霊の応用だと、不二は言っていた。
 ぱちんと火花が散る。
 別に熱くも何ともない。
 力が正しく作用した合図のようなものだ。
「国光、耳」
「あぁ」
 躊躇いもなく差し出された耳。
 綺麗な人は、耳の形まで綺麗だ。
 震えないよう深呼吸しながら耳朶に触れて……まずは一つ目。
 力を入れる瞬間はどうしようもなく緊張してしまった。
 微妙な感触を指先に伝えて、耳環は綺麗に手塚の耳朶におさまる。
 治癒の力がちゃんと働いたようで血は出ない。
「痛くなかった?」
「いや。傷もすぐに塞がった。万物の力を着実に自分のものにしているようだな」
「じゃあ、もう片方も」
 二つ目だからって緊張がなくなるわけじゃない。
 けれどこちらもほどなく手塚の耳を飾った。
「付けたよ」
「ありがとう」
 正面を向いた手塚を改めて見て……耳環がしっくりと似合っていることに、満足感と感動を味わう。
「大切にする」
「うん……そうしてくれると嬉しい」
 嬉しくて、微笑むと優しく頭を撫でられた。
「それではそろそろ失礼する……不二のことは、俺も気にかけておくから」
 立ち上がった手塚を見上げ、リョーマは頷く。
「リョーマ」
「ん?」
 なんと言ったらいいのだろう、その眼差しは。
 言葉にするのが難しい。
 胸を突く、眼差し。
「国光?」
 手塚も何を言うべきか考えあぐねているようだった。
 しばしの沈黙の後、首を振って。
「…………いや、なんでもない。おやすみ」
「おやすみなさい」
 小さく笑って、立ち去る背中を見送った。
 なにを緊張していたのか、全身から力が抜けていく。
 またぞろ全身が火照ってきて、リョーマは頬に手をやった。
「どうなさったのですか?」
「透理?」
 特に同席を求められない場合は、手塚がいるときには席を外している式神が、彼が退出したのを察して姿を現した。
「……わかんない……でも、胸がどきどきしたり、身体が熱くなったりした……指まで真っ赤になってすごく恥ずかしい……なんでなのかわからなくて、考えようとすると何も思い浮かばなくなっちゃうんだ……国光にだけ、そうなる……これってなんだろ……」
 吐き出す息までか熱いのはどうしてか。
 答えを求めて膝をついた透理の顔を見下ろす。
 すると彼女は、おっとりと微笑んだ。
「私には人の心のことはよくわかりませんが……きっとそのお答えはリョーマ様の中にすでにあるのです。今はまだ深いところ眠っていて……必要な時が来れば自ずと目覚めることでしょう」
「……透理、英二と同じようなことを言うね」
「左様でございますか?」
「うん。心が成長するのに急ぐことはないって」
「……菊丸様のお言葉の通りだと存じますよ。私たちも経過を素通りしては枝を伸ばすことはできません。花を咲かせるのも、実を熟させるのも時が必要で、それはその時が巡ってくればそのようになるものなのです。ご案じなさいますな。リョーマ様のお答えはすでにリョーマ様のお心の内にあるのです。時が来れば芽吹き、花を咲かせ、実りをもたらすでしょう」
「そうかな」
「はい」 
 はっきりと言い切ってもらって、リョーマも気を取り直す。
 今わからないことも、明日にはわかるかもしれない。
 明日にはわからなくても、いつかはわかるだろう。
 そう思っていれば、答えは見つかる気がする。
 弱気は自分の性に合わない。
 だから。
「お風呂入って、ねよっかな」
「そうなさいませ。仕度はできておりますよ」
「ありがとっ、そうするね」
 長椅子から立ち上がり、風呂場へ足を向けようとしたとき。
「リョーマ様」
「ん?」
「主上、喜んで下さってよろしゅうございましたね」
「み、見てたのっ?」
「いいえ。覗き見などという非礼な真似は名に誓っていたしません。ですが……あれは私の本性から分けたもの。身につけた方の感情は微かにですが伝わってまいります」
 あれを見られてたら、恥ずかしくて死んでしまう。
 とりあえずほっとして。
「じゃあ、入ってくる」
「はい」
 一人になって頭を冷やそうと、リョーマは慌しく風呂場へと走った。


続

  • 2012/01/18 (水) 04:11

タグ:[比翼連理]

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