作品
三章 梔涙月・拾六
いよいよ『誓約の儀』を翌日に控えたその日、北辰王の執務室には菊丸・不二・河村を除く私官と太師が顔を揃えていた。
「それじゃあ、乾先輩、天城殿はそいつが鬼だってことは知らなかったっつーことっすか」
「まぁ、そういうことらしいね」
不満そうな桃城の言葉に、乾が淡々と応じる。
「嘘を言っている可能性は?」
大石もまた、不審そうな口調で問い掛けた。
「ないとは言わないけど、それでもこの一点に関しては嘘をついてる感じではなかった」
「じゃあ、やっぱり嘘ついてるってことも……」
「少し黙っとれ、馬鹿息子……わしも乾殿の仰ってることは正しいと思いますな」
「親父……なんか、根拠があっていってんだろーな」
馬鹿息子呼ばわりされて、むっとした表情の桃城に、太師は当たり前だと頷く。
「太師、根拠は何か?」
執務机に肘をつき話を聞いていた手塚が、続きを促した。
「は。天城殿は……性格的に確かに問題のある御仁で、ついには今回のような一件を引き起こしたわけですが、それでも自ら進んで鬼と手を結ぶなどということはありえぬでしょう。あの方の鬼嫌いは、それはもう若い頃から有名でしたからな。矜持だけは人並み以上の方だ。仮に自分の野望を叶えるためであっても、もっとも蔑み、嫌悪している存在の手を借りることなど……おそらくはその鬼を流れの術者辺りだと思っていたのではないかと」
太師のいうことに一理ある、と手塚は納得する。
なぜなら天城の鬼嫌いは、手塚自身の身に染みているからだ。
母が加護女として迎えられたときも、その後正妃として嫁ぐことが決まったときも、強硬に反対したのは天城だと聞き及んでいる。
そして手塚が生まれたときには、『鬼の血を持つものに北辰王の地位を継がせるなどもっての他』と声高にいい、生まれた子を排斥……有体に言えば命を奪うか、他国へ出すかを迫ったということだった。
面と向かって手塚にそのことを教えたものはいないが、その手のことは自然と耳に入ってくる。
父の手前、母や自分には礼を尽くしていたが、そうでないときは遠まわしに責められもした。
母がにこにこ笑って聞き流していたから、手塚も気にしないことにしていたが、その過去があるだけに北辰王を継ぎその地位の前に慇懃な態度をとられるようになったときは、実に複雑な心境になったものだ。
上位貴族の中でも、最古参に掲げられる天城家、それに続く橘家、桃城家では古くから王家と共に在ったことで、過去に行われた鬼による悪意ある干渉、ひいては鬼に対する教えは徹底している。
全ての鬼が人に対して徒なすものではないが、時として彼らは人にとって、また世界にとって大いなる脅威であること。
いざことあらば、王家とともにその脅威に立ち向かうこと。
天城もまた、そのように教育されてきたはずである……が、しかし。
その中に鬼は蔑むべき存在であるという教えはない。
天がその存在を許容している以上、世界に、そして人に徒なさなければ敵視する必要はないのだから。
その意識が浸透しているからこそ、最初の段階で鈴鹿御前は受け入れられたのだ。
リョーマを奪還に行った折、天城と話した手塚は推測する。
天城にはおそらく……物事を斜めに見、歪んで捉えるような性向があったのではないのだろうか、と。
それが自らの劣等感を刺激するものならば、なおさら。
おそらく、その性格を鬼に利用されたのだろう。
「乾、もう一度聞く。天城は、手を貸したものが鬼だとは知らなかったのだな?」
「あぁ。なんなら不二に確かめてみてくれてもいい。あいつにも立ち会ってもらった。仮面の術者が鬼と聞いて、心底驚いていた『気』に偽りはなかったといっていたからな」
「わかった。不二の立会いもあるなら確かだろう。では、問題は……」
「鬼とどうやって接点を持った、ってことっスか?」
これまで黙っていた海堂が、核心を口にする。
「そういうことだな」
手塚が頷いて、乾に先を促した。
「接触は向こうからあった、と言うことだ」
「それは、仮面の鬼が天城殿に近付いてきた、ということか?」
「そりゃ、いくら天城殿でも胡散臭いって思うんじゃねーっスかね」
「いや、そうじゃないよ。大石、桃。天城殿は、ある人物に仮面の術者を紹介された、と言っていた」
その言葉に全員が顔を見合わせる。
「ある人物、だと?」
手塚が発した問いが、全員の心の内を代弁していた。
「あぁ、天城殿とは数年前の内宴で顔を合わせた者だそうだ。余興で呼んだ演員(役者)の一人で、それが縁となってその後も何度か宴に招き、言葉を交わすようになったらしい」
「ああ見えて、あの御仁はお若い時分から芝居がお好きだったようでしたからな。有望そうな演員には進んで援助をしていたし、演劇学校などにもよく寄付をしていたみたいですぞ」
天領国において、上位貴族には確固たる役職はない。王家より与えられた領地を運営することで、裕福な生活を維持している。
が、人並み以上の生活を約束されているものには、それによって生じる義務があり、それは法においても厳しく定められていた。
領地の正しい運営(領地は邸宅のある春蓮から離れた地方が多いため、領守という代理人を置くのが殆どである)。
そして芸術・学問といった文化を保護し、その担い手を育成するために無償で尽力することが正位貴族に課せられた義務だ。
天城のように、己の嗜好にあった分野に力を入れる者も多い。
性格に問題はあっても、貴族として課せられたことはそれなりに全うしていたと言えるだろう。
「その演員、男か?女か?」
「男だそうだよ、手塚。芝居も上手くて、天城殿も目をかけていたらしいが、それよりも涼華殿がご執心だったらしい」
乾は眼鏡を押し上げながら、呆れたような声音でそう言うのに、桃城もやれやれといった感じで応じた。
「あの姫が、ご執心ってこた、相当な美形ってこったろーよ」
「ご名答だ、桃。とんでもない美貌に、貴族のような品格を持った演員だったらしい」
「やっぱりな。涼華殿の判断基準って言ったら身分と顔、及第点以下は、相手にしない。んでもって相手が女の場合は基本として徹底的に敵視する、と。小さい頃から変わってねー」
「けっ」
貴族同士、望まなくても最低限の付き合いの中で感じたことをしみじみ述懐する桃城の言葉に、海堂がつまらなさそうに舌打ちする。
「馬鹿息子、口が過ぎるぞ」
「って言ったって本当のことだろーが。不二先輩とか菊丸先輩なんかは、相当嫌な思いしたはずだぜ」
「まぁ……あまり感心できない接し方ではあったようだが……今の話はそういうことではなかろう。話の腰を折ってすみませんな、皆様」
太師が頭を下げると、手塚は微かに苦笑して、かまわないと言った。
それよりも気になるのは、その男。
手塚の気配を察してか、乾が口を開く。
「きっかけは宴席で酒を飲んでいて、日頃の不満を愚痴ったことらしい。男は『あなた様がお望みなら、それを叶える為に力をお貸しいたましょう』と言ったという。もちろん酒の席での戯言だと……そのときの天城殿は思ったそうだが……先月の初め、男はふらりと現れた。『お約束を果たしにまいりました』と一人の術者を伴って、な」
「それが、例の仮面の鬼?」
大石の厳しい眼差しに、乾は頷く。
「仮面で顔を隠すなど胡散臭いと天城殿も思いはしたらしい。だが、それを男は呪力を強めるため呪いの一種だといっていたそうだ」
「天城はそれを信用したのか?」
「信用……したんだろうな。少なくとも、人の身で容易く扱えるはずのない妖魔を四体も従えていたんだ」
「だが、おまえはそれを安易に信じてはいまい?」
手塚は、探るような眼差しでなかなかの策士である友人の顔を見上げた。
それは手塚自身もそう思っているからだ。
いかに劣等感の塊であり、それを覆すことに盲進していたといっても、老獪な天城を簡単に納得させることができたとは思えない。
加護女を攫うことは、両刃の刃だ。
目的が達成されなければ、己の身が危ないことは天城自身よくわかっていたはず。
それに……手塚の知る天城は、野心を秘めていようとも、優越感を誇示したくとも、もう少し冷静な人物であったように思う。
しかし、天城の屋敷で対峙した時の彼は……後がない状況に追い込まれたとは言え、微かな違和感があったのだ。
「まあね」
「それはどういうことっスか、乾さん」
意味ありげに答えた乾に、海堂が訝しそうに問う。
「たぶん……天城殿は、その演員に言葉巧みに誘導されたのさ。洗脳された、といってもいいかな……不二が感じ取ったことだけど、天城殿からは二種類の異質な『気』が名残のように感じられたそうだ」
「「二種類?」」
海堂と桃城が異口同音にそう言って、顔を見合わせ、次の瞬間には嫌そうに背け合った。
「そう。二種類。なぁ、手塚」
「なんだ?」
「鬼の言葉には『毒』があるって言うよな」
「あぁ。言霊に類似した術らしいが……」
「強い力を持つ者が、その意図を持って言葉を紡げば言霊が宿り、言葉自体が強力な呪言になる。鬼の使うそれは、性質が悪い。芥子のように人の心を惑わせ、蝕み、意のままに操るという……文献にも、鬼の言葉に惑わされ、殺戮などの蛮行に走ったものたちの事例が残されているしな」
「それじゃ、乾。その演員っていうのも『鬼』ってことなのか?」
驚きの声をあげた大石に、乾は小さく肩を竦めて見せた。
「断定はしかねる。実物を見たわけじゃないし、仮面の鬼のように信頼の置ける目撃談があるわけでもないんでね。ただその推測はかなり有力だと思うよ……実はね、天城殿にその演員の似せ絵を描くのに協力してもらおうと思ったんたけど……」
思案するように顎に手をやり、乾は言葉を選んでいるらしい。
「思い出せないらしいんだ」
「思い出せない、だと?」
「そう。男と出会った経緯や、交わした会話、そう言ったことはちゃんと覚えている。男の容姿がどんなものだったかということも、形容することはできるんだ。が、顔形の特徴を思い出そうとすると靄がかかったみたいに曖昧になって思い出せないそうだよ」
「それも鬼の術、と言うことですかな、乾殿」
「そう考えるのが妥当でしょう。……仮面を被った鬼といい、まぁ、それが呪力を強めるためというのも方便でないとは言い切れないけど、どうにも姿を隠したい意図があるらしい。なんだか謎の黒幕を敢えて演じてるみたいな……演員に扮していたのだって、芝居がかった悪意が感じられるよ……これは俺の主観だけどね」
「その言いようだと、すでに劇員(劇団)に当たったのだろう?」
乾は憶測でものを言うことは殆どない。
そしてこのようなときに、感情的な部分を覗かせることも……ない。
手塚はもちろん、この場にいる誰もがそれを知っていた。
「一応天城殿の贔屓にしていた劇院や、現在春蓮に籍を置いている劇院はすべて当たってみたんだけど……男の名乗った『氷樹』という芸名の演員はいなかった」
「つまり、天城殿に近付くために、何らかの術も用いて演員として紛れ込んだっていうことか」
「おそらく大石の言うとおりだと思うよ。ただね……天城殿はひとつだけ覚えていることがあった……男の右目の下には、泣き黒子があるってことだけは……」
「つまり現時点で言えることは、今回の黒幕は天城殿じゃなくて、仮面の鬼と、右目の下に泣き黒子のあるとんでもない美形の、でも性格は悪そうな鬼かもしれない男ってことっすね、乾先輩」
「身も蓋もない言い方だが、桃の言い方は実に的確だ……で、手塚、どう出る?」
乾の問いかけに、みんなの視線が集中する。
手塚はしばらく思案して……
「現段階において、鬼が何を意図してそんなことをしたのかわからない以上、警戒を強めることしか今の俺たちに打つ手はないだろう。歯痒いがこちらから集められる情報は限られている。だが、今回の黒幕となった鬼は、想像以上に手強いことだけはわかる」
不二の術を砕いた妖力。
そして本来鬼が侵入することの叶わない神域であるはずの紫電宮内部に入り込んだこと。
唯一の例外は母・鈴鹿御前だが、それは彼女が加護女だったから可能だったのであって、有史以来鬼が宮城に侵入できた前例はない。
それを可能としたのであれば……侮ることはけっしてできないのだ。
「宮城の結界を強化し、おまえたちにはいつ何時でも非常のときであれば各々の判断で七星神を降ろせるようにしておこう」
「手塚、そんなことできるのか?」
七星神を降ろすのは、最後の手段。
しかもみだりに揮っていい力ではない。
言葉を発した大石はもちろん、そこにいる全員が驚いていた。
「できる……とはいってもおまえたち自身にではなく、武器に降ろす、と言うことだ。俺がいないところで、生身の身体に星神を降ろすのは危険だからな。神器となれば、ある程度鬼の妖力を弾いて身を守ることもできるし、時間を稼ぐには充分だろう」
「なるほど、裏技……というやつか」
乾が興味深そうにそういうのに手塚は苦笑する。
こんな風に力を使った王は過去にいないわけではないはずだ。
なぜならそのような使い方があることが、手塚の北辰王としての知識にちゃんと受け継がれているのだから。
だが、それは史書などの文献には一切記されていないことから、あまり外聞の良い力の使い方ではないようだった。
だが、この際四の五の言っていられない。
星神の加勢があれば、例え鬼であっても多少のことは凌げる。
今回のように、菊丸に重傷を負わせるようなことになったり、不二に無理を強いる可能性はぐっと低くなるのだから。
本人たちは覚悟しているといってくれたが、それに甘えてはいけないと思う。
彼らが預けてくれている命、だからこそ大切にしなければ自分自身が許せない。
彼らの覚悟を、現実にしないための努力もまた、主として友としてなさなければいけないことなのだ。
(……そのためにも、妖力を使いこなせるようにならなくては、な)
愛しい半身が示してくれた道。
どんな自分でも、けっして自分を失わないこと、否定しないこと……リョーマの言葉は、未知の自分を恐れる気持ちをいとも簡単に払拭してくれた。
妖力に目覚めても、神力に衰えも悪影響も見られない。
むしろ上手く使えるようになれば、力を底上げすることができるだろう。
この力は、天命を守るため。
そして……リョーマを守るため。
そのために必ず役に立つはずだと。
「現状においてできることを最大限にやるしかない……あとは、リョーマが加護女として覚醒すれば、さらに心強いだろう」
「ですが、主上……元君のお加減はよろしいのですか?本調子になられぬうちに『誓約の儀』を行って、何ら触りはないのでしょうか?」
太師は控えめではあるが心配そうに言った。
内宮に戻ってきたときの、すっかり疲弊しきったリョーマの顔色を見ている彼は、心からリョーマを案じているのだろう。
「問題ない。リョーマの体調はすっかり言いようだからな。そうだな、大石?」
「あぁ。おそらく元から丈夫なんだろうな。何か運動をしていたというし、華奢なようでちゃんと鍛えられてる。疲労だけなら基礎体力がしっかりしている分、ちゃんと寝て、食べれば回復も早い。……ですので、案じるには及びませんよ、太師」
医師である大石がきっぱりというと、太師も安心したようだ。
「では、明日は滞りなく?」
「ああ、予定通りに」
何よりも、リョーマ自身が『誓約の儀』を望んでくれている。
手塚とて、体調を心配しなかったわけではない。
念のため、聞いてみたのだ。
身体が辛いようなら、『誓約の儀』を延期する……と言った手塚に、リョーマは首を縦に振らなかった。
『国光さえよければ、俺は明日にだって誓約して欲しいくらいなんだ』
その日がどれだけ待ち遠しかったか、そして待っていることの方が辛いと切々と語る姿に、どれほど愛しさが掻き立てられたことか……
そして……自分を見つめる眼差しに、灯った真摯な熱っぽさに、まるで年端もいかない少年のような胸の高鳴りを覚えた。
全身に染み渡るような、喜びと共に。
だから、手塚は決めていた。
彼女を誰より愛しく想う気持ち。
それを伝えることを。
明日、名実共に互いが互いの半身になる日に。
「遅くなって、ごめん」
手塚が固く胸に決心したちょうどそのとき、あることを頼んでいたため席を外していた不二と河村が入室してきた。
「みんな揃って……あれ、英二は?」
居並ぶ顔触れを見回して、一人足りないことに不二は小さく首を傾げる。
「菊丸なら、大石からダメ出されて寝台の上だよ」
悪戯っぽく乾が言うのに、不二はまたか……と言う顔をして、大石を見た。
大石は僅かに赤面して、慌てて口を開いた。
「仕方ないだろ。越前が来てくれたのにはしゃいじゃって、熱出しちゃったんだから」
「ふーん。で、リョーマくんは?」
「リョーマなら、その菊丸を看病中だ」
「そう。なら、僕は報告したらすぐ戻るよ。すぐに何かしてくるってことはないと思うけど、心配だからね」
「あぁ、そうしてくれ……で、どうだった?」
手塚が切り出すと、不二は表情を引き締めた。
淡青色の瞳が、難しい光を宿している。
「とりあえず天城家の者たちは、何事が起きたかよくわかっていないみたいだったけど家人を束ねる執事がしっかりした人で、よく纏めていたから落ち着いていた」
そう、不二には天城家の様子を伺いに行ってもらったのだ。
河村は、念のための護衛として同行させた。
「仮面の鬼については、家人は誰もその存在を知らなかった。記憶を消されたのか……あるいは、天城殿と涼華殿の前にだけ姿を現したのか、そこまではわからなかったけど……御名御璽付きの書状の威力はすごいね。好き勝手に家宅捜索させてもらえたよ」
少しだけおどけたように言って、すぐに真顔に戻った。
「リョーマくんが閉じ込められてた地下牢だけど……あの子の気配が途切れたわけがわかったよ。あの部屋に施されていた術のせいだ」
「鬼道の術か?」
「間違いないね。蠱毒(コドク)と呼ばれる術を応用したものだと思う。
毒虫や毒蛇なんかを一つの瓶に入れて殺し合わせる。そうして残った一匹には呪力が宿り、それを式神として使う……というのが基本だと鈴鹿様に教わったけど」
「…………なんつーか、えげつない術っスね」
想像しただけでも、気持ち悪いと言わんばかりの桃城の感想は、この場にいた全員が多かれ少なかれ思ったことだった。
「たぶん仮面の鬼は、妖魔にそれを応用したんだ。妖魔を殺し合わせ、それによって生じた夥しい血をあの牢の天井・床・四方の壁に塗り込める……混沌のものからなる不浄の血……死と怨嗟の念の篭ったそれらは、生きる力を象徴する加護女には、効果覿面の呪檻だと思うよ。今は何の効力もなかったけど、リョーマくんに聞いた話じゃ時流も歪められてたみたいだし。蠱毒だけならそう大した術ではないらしいんだけど、それでも妖魔を使って応用するとなれば、術を使った本人は相当な妖力の持ち主ってことだ」
母に力の使い方を習った不二は、おそらくこの国の誰よりも鬼道の術に詳しい。
そう思って彼女に行ってもらったのだが……
(……やはり、結論は油断はならない、ということか……)
不二の報告を聞いた上で、全員が視線を交し合い、頷き合う。
「ところで君、天城親子の処分はどうするつもりなんだい?鬼に煽られたってのもあるだろうけど、結局は自分の意志……」
不意に切り出した不二の眼差しは、半端な処罰は許さないと言っていた。
家族同然の二人を傷つけられては仕方ないと言ったところか……
手塚は椅子に身を沈め、そこに居並ぶ顔を順繰りに見つめた。
「天城は……国外追放だ。表向きの罪状ではそれが最大の刑罰だからな。たが……その期間は、永久……死してなお国土に足を踏み入れることは許さん。万が一にでも入国を果たせば、足を踏み入れた瞬間に五体が砕ける……」
それは追放刑の中でも、最も重い罰だ。
身体に特殊な刺青を施し、国を囲うように存在する結界に触れた途端、刺青に仕込まれた術が発動する。
いかなる手段を用いても、天領国内に侵入することはできない。
仮に刺青を取ろうとしても無駄だ。
一度刺青を施されれば、細胞にまでその術は浸透してしまう。
人が人に与える刑罰ではない。
天帝が北辰王に行使することを許した、神罰の一つ。
おそらく天城にとってはただ死罪を言い渡されることよりも屈辱だろう。
初代北辰王の頃から王家に仕えてきた家柄……それを誇る天城に、神罰の烙印が押されるのだから……
取り調べている乾の話では、一気に老け込んだようだか、矜持の方は健在らしい。
手塚は、今回の一件が起こってしまった時点で決めていたのだ。
あの男にとってもっとも屈辱と思う罰を与える……と。
鬼に煽られたとは言え、彼は相応の罪を犯したのだ。
天に対して、そして手塚に対して。
「涼華殿は……伝を通じて、何処かの洞府に預けようと思っている。俗世とは隔絶した場所で、一から学ぶことが最善だろう」
洞府とは、俗世を捨て、道を極めんとすることで天に仕える仙人の住まいである。
主に法術の祖である仙術の研究に勤しんでおり、国家には属さない。
天海の近辺のそびえる山岳地帯にも、洞府を開いている仙が何人かおり、寿命とは切り離された彼らと王家の間には(正確には歴代の北辰王たち個人と、だが)少なからず交流があった。
その中には女仙たちもいて、彼女らの誰かに涼華を預け、再教育してもらうのである。
あの父親の元でなければ、少なくとも人を蔑むような癖は身につけなかったはずだ。
単純な言葉でいえば、性根を叩きなおしてもらう……ということ。
放心状態から脱したものの、己にとって認められない現実を拒絶している彼女は、一度じっくり自分自身と向き合うべきだと思うから。
期限は無期限。
師となる仙の許しなくば、天領国に戻ることはできない。
「なるほどね。確かにそれが……最善かな」
「天城家の方はどうするんだ?やはりあの家のこれまでの功を考えると、おいそれと取り潰すわけには行かないだろ?」
不二は納得したけれど、新たに投げかけられた大石の疑問に、乾と太師が頷いた。
「天城家には縁続きの家から養子に入ってもらうことで決着をつけるつもりだ。現当主にほかに子はないからな。人選は、乾・太師に任せる。男女の別は問わないが、天城の姓を名乗るに相応しい人間を選出してくれ」
「わかった」
「御意にございます」
二人が首肯するのを見届けてから、不二が退出を申し出る。
踵を返そうとする不二を、手塚は呼び止めた。
「不二」
「なんだい?」
「瑠璃宮に下がるなら、リョーマに渡して貰いたいものがある。明日の衣装だ。持っていってくれるか?」
明日のために仕立てさせた、夏物の正装。
一番初めに正装を仕立てた折、手塚が見立てたことが不二たちによってばらされてから……彼女の正装の見立ては手塚の役目になった。
とてつもなく愛らしい笑顔で『これからも国光が選んでくれたら嬉しいな』などと言われては……
愛しい半身の身を飾るものを見立てるのは、下手をしたら政よりも苦吟する手塚だけれど……自分が選んだものを身につけるリョーマを見るのが、今ではささやかな喜びと感じている。
人間変われば変わるものなのだ。
「了解。一番初めにリョーマくんが喜ぶ顔は英二と二人で独占させてもらうよ」
悪戯っぽく言うのに、他の者も好意的な笑みを向けてくる。
無言のからかいが堪えられなくて、咳払いしながら手塚は散会を告げた。
執務室には大石のみとなり、中断していた政務を再開する。
とりあえず、これで天城親子の一件には片がついたと思う。
あれから姿を見せない鬼のことは気になるが……手がかりが皆無に近い状況では、警戒を強めることでしか対抗できないのだ。
あるいは妖力を完全に制御できるようになれば、力の軌跡を追うことも、もっと別の対抗手段を講じることができるかもしれない。
だが、今は……
手塚の気持ちは明日の『誓約の儀』を無事終えることが一番の大事だ。
それがどんな儀式であるかは、わからない。
けれど……自分とリョーマの絆をさらに強めることができるという、それだけで……子供のように心がざわめいて……
落ち着かない感じを心の内で宥めながら、手塚は背を向けている大石に気付かれぬよう、自らの心に苦笑した。
続
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