作品
三章 梔涙月・拾七
星彩の塔へ続く森の前に立ち、リョーマは深呼吸をする。
後ろを振り向くと、不二と菊丸が優しく笑って頷いた。
「行っておいで、リョーマくん。向こうで手塚が待ってる」
「そうそう。明日戻ってきたら、うーんとご馳走用意してもらって、祝宴を開いてやるからな」
「うん!」
勝気な笑みと共に元気よく返事をして、踵を返し、森へと足を踏み入れる。
この間ここを通ったのは『藍の儀』の折。
先年まで加護女の代理を務めていた不二に先導されて、神聖な気に満ちた森を歩いた。
でも今回は一人。
本来であれば儀式の証人であり、介添え人でもある春官長も同席はしない。
『誓約の儀』は、一代に一度しか行われない特別且つ、最も重要な儀式。
国と世界の護りの要でもある北辰王と、その半身である加護女が、ただ二人きり臨む……互いしか知ることのない天の秘儀だ。
今はまだ、リョーマ自身それがどんなものであるかはわからない。
けれど不安ではない。
手塚は言っていた、誓約を交わすことによって、加護女の命は北辰王に従属すると。
存在も、命も共有する。
けっして置いていかれることはない。
人よりどれだけ長い時間を、ゆっくりと歩むことになっても。
大好きな人の傍らに在れるのならば、それはどれだけ嬉しいことだろう。
だからこの胸にあるのは、ひたすらに喜びだ。
期待に胸を膨らませて、足取りも軽くなる心を表すかのように、環佩(おびだま)の涼やかな音色が響く。
手塚が今日のため、新しく仕立ててくれた裳衣。
加護女の貴色である、紅をメインの色に据えた衣装をリョーマは一目で気に入った。
初めのうちは、寒色系ばかり選んで身につけていた。
それは内心では、暖色系等の色はどうしても女の子っぽく思えて……身につけることに戸惑いを感じてた。
あちらにいた時……ごく普通に男であったときには、紅い色も平気で身につけていたのに。
たぶんそれは……女の身体を、心のどこかで受け止めきれなかった証だったのだと思う。
今は違う。
女でも男でも自分は自分だ。
みんなが、手塚が……『自分』を受け止めて、受け入れてくれたと心から信じている。
そう思うから、もう何も拘ることはない。
菊丸が言っていた『着飾ることの楽しみ』というやつも芽生え始めていて……
初めて正装に袖を通したときとは違う、くすぐったい気持ちで真新しい衣装を身につけた。
夏物の正装は、少し露出度が高い。
それが余計にどきどきし胸を高鳴らせているのかもしれないが、それは悪い感情ではなかった。
夏物の下着は、下裾(したも)と呼ばれる腰巻状のもので、裾が襞飾りのようになっていて、少し短めになっている裳の裾からそれが覗く。
上半身には、直接胸包(きょうほう)というチューブトップかビスチェのような物を身につけ、今の時季はその上から透衣(シースルーの衣)、か半臂を纏って帯を締めるのだ。
本格的な夏になれば、透衣も半臂も身につける必要はないのだという。
リョーマは深く鮮やかな紅の胸包の上に、やや黄味の強いクリーム色……梔子で染めた物だと不二が教えてくれた……の半臂を羽織っている。
胸包にも半臂にも金糸銀糸で刺繍が施されており、それが重なりあうことで、更なる美しい文様を織り成している……という見事な代物だ。
裳は地模様の入った白い薄物。
下裾の色は胸包よりさらに濃い紅で、裳と重ねることにより蓮の花のような上品であえかなピンク色に映る。
帯は艶を消した金色。
宝飾品の類は、紅宝玉(ルビー)、柘榴石に珊瑚で紅のグラデーションをアクセントにしている物を用意してくれた。
そして……伸ばした指先に触れたのは、花鈿(はなかざり)。
手塚が朝、手折ってきてくれたという……梔子の花。
その甘やかな芳香が、身を包む。
それはリョーマをとても幸せな気分にしてくれる。
今、身を飾っている品々はすべて手塚が自分のために選んでくれたものだ。
これらのものを選ぶとき……少なくとも手塚の頭の中にあったのは自分のことだと思う。
好きな人が自分のことを考えてくれたのだから……幸せで、嬉しくないわけないではないか。
仕上げに、不二と菊丸からの贈り物である紅を唇に刷いて。
リョーマは、はやく手塚に会いたくてならなかった。
この姿を、見て欲しいから。
長い裾の捌き方も、なんとか慣れた足で森の出口を目指した。
「…………国光!」
しばらく歩いて、ようやく開けた視界。
北辰王の正装である鎧甲を身に纏った彼を認めて、リョーマの心臓は一際強く拍動する。
水気を孕んだ風が、漆黒の斗篷(マント)をはためかせて……それはどんな天才画家でも描ききることはできないほど美しい光景に、リョーマには思えた。
数日降り続いていた雨は、今朝方には止み、不二や菊丸は、それを天帝からの言祝ぎだと言った。
誓約を交わす、北辰王と加護女への。
「リョーマ」
こちらを見つめ、うっとりするような優しい笑みを手塚は浮かべた。
眼鏡を外した素顔でのそれは、果てしなく心臓に悪い。
(……だって、かっこよすぎるんだもん……)
変な風に思われるのがいやで、顔を俯けることもできず、ここには二人しかいないので助け舟を出してくれる人間もいない……どうすればいいのかわからないリョーマにできたのは、手塚に微笑み返すことだけ。
なんとか上手く笑えたと思うけれど、頬はすっかり熱くなっていて……だから紅くなっているのはばればれだと自覚せざる得なかった。
じっと見られているのを感じる。
沈黙が気になって、視線を彷徨わせていたけれど、意を決して彼の方を見たのだが……
その表情は……絶句、と言う正にそんな感じで。
リョーマの視線に気付いた手塚は、どこか照れ臭そうに口を開いた。
「よく……似合っている」
「ありがと……すごく気に入ったよ。国光が選んでくれたの、俺、嬉しいから……」
「ああ……行くか。もう、日が落ちる」
「ん」
とても自然な仕種で差し出された手に、リョーマは自分の手を重ねる。
手塚に導かれ、塔へと入って行きながら、つい……まるで花嫁がバージンロードを歩いているみたいだ……なんてことを思ってしまって気恥ずかしさでいっぱいになる。
「リョーマ?どうした?」
「……なんでもない……もうすぐなんだなって、思っただけだよ」
想像してしまったことが、恥ずかしかったので、そんな風に誤魔化す。
だが手塚は、それを疑った風もなく、リョーマの手を握る力を強めた。
ここへきても、何をどうするのかなんてわからない。
「……ね、国光」
「なんだ?」
「誓約の儀って、いったい何をどうするのかな?」
「それは……俺にもわからない。たが、星辰の間に行けば自ずとなすべきことを知ることができるはずだ」
大丈夫だ、とそう言ってくれる彼に、リョーマは頷いた。
そのときがくればわかる。
これまで何代にも渡って、北辰王と加護女が交わしてきた儀式。
何も不安に思うことはない。
塔の一階、その中央にはめ込まれている水晶盤の上に乗ると、白い光が視界を埋めた。
そうして目を開けたとき……
「わぁ…………」
リョーマは目に映るその光景に感嘆の声をあげた。
天にも足元にも星。
最上階は星辰の間、と呼ばれていて……まさに名前の通りだった。
外観を見て、星彩の塔の最上階は、水晶に似た天界の鉱物で覆われたドームになっていることは知っていたけれど。
夜空が透けて見える。
そしてそれが、鏡面のような床に映っているのだ。
まるで星の海にいるかのような心持ちになる。
無限の空間のようにも思えるのは、錯覚なのか、それともここにはそういう力が働いているのか……
呆然としていたリョーマだけれど、はっと気付くと手塚がいない。
そして左手に違和感。
見てみると、あるはずの天鈴がそこにはない。
自分の命が尽きるまでは、外れることがないはずなのに……
リョーマは周囲を見回した。
けれど何も見えない。
部屋としてはさほど広くはないはずなのに……やはり、ここには何らかの力が働いているのだろう。
さっきまで、手塚と繋いで手。
途方に暮れる前に、やることはある。
リョーマは立ち尽くしていた場所から、一歩足を踏み出した。
すると爪先を降ろした箇所から、まるで水面の上を歩いているように波紋が生まれる。
一歩、二歩と……足を進めるたびに波紋は幾重にも広がっていって……
細波の中に泳ぐ星は、言葉にできないほど美しかった。
大きな満月……月光が次々に生まれる波紋を銀色に輝かせる。
暗いはずなのに、闇はそこにはない……ただ濃密な夜の気配があるだけ。
今、この時……この星辰の間は確実に天の領域にあるのだろう。
ならばもう『誓約の儀』は始まっているのだ。
それを確信して、リョーマは果てのないと思える空間に手塚を探す。
手塚を見つけることが儀式の第一段階なのだ。
推測ではなく、すでに理解であった。
そういうものなのだと、リョーマは理解していた。
(……これが、そのときになればわかるってことなのか……)
ならば手塚は、必ずこの空間のどこかにいる。
さっきまで感じていた手塚のぬくもりを思い出し、リョーマはひたすら歩き続けた。
星の海は夢見るような空間。
ときおり気が遠くなりそうな錯覚を覚えながら……どれだけ歩き続けただろうか。
いつしか月は中天へと差し掛かり、リョーマの見つめる先……はるかな空間の中央部分と思しき場所に満月が映り、そこだけが丸く銀の光を湛えていた。
リョーマの生み出した波紋で、映りこんだ満月に細波が立つ。
と、反対側からも広がってきた波紋とぶつかり合って、そこから新たな波紋が生まれた。
それに気付いてリョーマは微笑む。
視線を向けた先……彼も同じような表情をしていた。
「リョーマ」
「…………国光」
優しい表情が嬉しくて、リョーマは早足で彼に近付き、思い切って抱き付いた。
頬を寄せた鎧甲の感触は、冷たくて固かったけれどそんなの全然気にならない。
そっと……けれども強い力で、抱き返してくれる腕に天にも昇る気持ちになりながら……リョーマは、生まれて初めてたった一人に抱いた気持ちを今ここで言葉にしようと唇を開きかけた……そのとき……
「星天将軍・北辰王……そしてその加護女……お待ちしておりました」
突然聞こえた第三者の声に驚いて、身体が震えた。
それを感じ取った手塚が、リョーマをその広い背に隠す。
彼の背中越しに、リョーマはその声の主を伺った。
そこにいたのは、二人の子供。
本当にまだ幼い、五歳かそれくらいの子供だった。
子供用に仕立てられているもののそれぞれ金と銀の官服を身に纏った彼(彼女?)らは、並んで手塚とリョーマを見上げていた。
この子供らが人間でないことは一目瞭然だ。
金目と銀目、彼らには白目というものが存在しないし、彼らは淡い光を身に纏っている。
「私は烏輪(うりん)」
金色の子供の方がまず名乗る。
続いて、銀の子の方が……
「私は兎影(とえい)と申しまする」
と名乗った。
「我らは、天地双神より遣わされし者。新たに交わされる誓約を見届けるお役目をいただいております」
「なるほど……天地陰陽……日月の化身と言うわけか」
手塚が納得したように言った。
日月の化身ということは……烏輪の方が太陽の、兎影の方が月の化身……そういうことか。
「さぁ……こちらへ」
促され、床に映った月の位置に立つ。
烏輪がその手に七星剣を持って現れ、兎影が三方の上に水晶の杯を載せて現れた。
無言で渡された七星剣を、手塚は受け取るとすらりと鞘から抜く。
白刃から光が零れる様を見ていたリョーマだが、何をすればよいのか既にわかっている。
そのことに対する恐れはない。
リョーマはにっこり微笑んで、手塚に左手を差し出した。
手塚はその手を取り、親指の付け根に刃をぐっと押し当てる。
痛みはあった。
けれども、それは嫌な痛みではない。
必要なのだと、思える痛みだった。
滲んでくる血。
それが滴り始めないうちにと、手塚から七星剣を渡された。
リョーマも、手塚がしたように、彼の左手。
親指の付け根を同じように傷つける。
言葉はない。
無言のまま厳粛で、それでいながらどこか甘い空気が全てを伝えてくれるような気がしたから……
七星剣を烏輪に渡し、リョーマは手塚と互いの傷口同士を触れ合わせた。
少し強く押し付けあうと……傷口から互いの血が混ざり合い、血が滴り落ちてくる。
不思議な感覚。
傷口から交じり合う。
それをどんな言葉にしていいのかわからない。
ただ熱くて……とても熱くて……胸がぎゅっとなる。
目の前にいる、彼だけが全てになった気さえして……切なくて、嬉しかった。
リョーマは手塚を見つめた。
手塚もリョーマを見つめていた。
想いはそこにあるのに、それに相応しい言葉が……今はみつからない。
「さあ、お二人とも……これを乾されるがよい」
兎影が差し出した三方の上の杯には、紅い液体が満たされていた。
水晶の杯。
二人の交じり合った血。
言われるまま名残惜しく手を離すといつのまにか傷口は塞がっていて。
先に杯に手を伸ばしたのは手塚だった。
何の躊躇いもなく、杯の中の半分ほどを飲み乾す。
手塚の喉が嚥下のためにこくんと動いたのを、リョーマはどこか恍惚とした気持ちで見ていた。
そしてリョーマも手塚に倣い、彼から受け取った杯の残りを飲み乾した。
血のはずだ。
それなのに……とても……とても甘い。
甘露というのは、こういう味のことを言うのだろうか。
烏輪と兎影がそれぞれ手に付いた血を拭ってくれる。
(……何だろう、この感じ……あれを飲んだせい?今までよりずっと……ずっと国光のこと近く感じる。傍にいるだけじゃなくて、俺の中に……国光の存在を感じる……)
これが真に存在を共有するということなのだろうか。
ふつふつと湧き上がる喜びを噛み締めて……リョーマは烏輪から受け取った七星剣を改めて鞘に戻し、手塚に渡した。
そうしてその『鞘』こそが己の天命と実感する。
手塚が兎影に渡された天鈴を、リョーマの左手を取りその手首に嵌めなおす。
まるで宝物……慈しむように、護るように……のように触れられて……それこそが手塚の天命であるのかもしれないと思った。
二人は、誰に言われるでもなく自然に互いの左手の手のひらを触れ合わせる。
そのための言葉は、既に二人の中に在った。
「「天地照覧、我が天命に背くことなし!」」
声を揃えて唱和すると、何処からか声がした。
『汝らの誓約、確かに見届けた!』
男の声のようでもあり、女の声のようでもあった。
誰のものかはわからない……けれどおそらくそれは、二人を巡り合わせた存在の声……
途端にリョーマは、身の内に溢れてくる力を感じた。
否、溢れてくるだけじゃない。
内側から、外側から……その感覚を敢えて言葉にするなら……真に覚醒した……ということなのだろうか。
力の奔流に、意識が保てなくて身体が傾ぐ。
天鈴の音が心に鳴り響いて、いくつもの優しい声が聞こえてくる気がした。
揺らいだ身体を支えてくれたのは、逞しい胸。
「……くに……みつ……おれ……?」
「大丈夫だ、リョーマ。おまえはこれから受け取るんだよ。歴代の加護女たちが連綿と受け継いできた、その力の全てを」
心配することはない……手塚がそう言うなら、この響きに、声に身を任せてもいいのだろうと思った。
いくつもの優しい声。
これはきっと自分の先輩たちの声なのだと、途切れそうになる意識の淵で思う。
(……だったら、この中に……国光のお母さんもいるかもね……)
抱き締めてくれる腕を感じながら、リョーマはゆるゆると優しい気持ちで今度こそ意識を手放した。
世界が歌っているような気がする。
そんな感覚と共に、リョーマが再び目を覚ましたとき、こちらを心配そうに見下ろす手塚の顔があって……
リョーマは目覚めて一番初めに見た顔が大好きな人のものであることにとても上機嫌になった。
「目が覚めたのか、リョーマ?」
「ん……」
頷いて、自分が彼に抱っこされて眠っていたことに気付いたけれど……リョーマは羞恥に勝る喜びに、そのまま彼の胸に頬を摺り寄せる。
感じる。
今まで以上に、万物の巡る力を。
彼の存在。
すぐ傍に。
そして自分の中に。
(……くにみつもそうなのかな……)
だったらとても嬉しい。
「あの二人は?」
「役目が終わった途端消えた」
「そっか……あぁ、もう夜明けなんだね」
天に星はなく、透き通ったドームの向こうに見える景色はわずかに空が白み始めていた。
いつの間に、そんなに時間が経っていたのか。
(……あれ?なんか忘れてるような気が……)
首を捻りつつ、リョーマは自分を優しく見つめる眼差しにさらに問い掛ける。
「俺、重くなかった?」
さすがに、ほぼ一晩中座ったままの姿勢で、寄りかかるリョーマを支えていたのだから辛くはなかっただろうか。
場所は部屋の真中で、背中を預ける壁もない。
そう思って。
「いや……リョーマは軽いから大丈夫だ。軽くて、温かくて、やわらかい……だからいつまでも抱き締めていたくなる」
よかったと頷きかけて、さらに続いた言葉にリョーマは瞬時に真っ赤になった。
「く、国光、なに言ってんの?」
「至極真面目な感想を、だか?……リョーマ」
「な、なに?」
「……愛している」
「…………は?」
後から考えて、なんて間抜けな答えを返してしまったんだろうかと思ったけれど、今このときのリョーマにはこれが精一杯の返答だったのだ。
「俺は、おまえを……越前リョーマを愛している。引き換えにできるものなどなにもないほど、おまえを愛しているんだ」
熱っぽく語られる真摯な言葉。
愛しげな眼差し。
その意味を完全に理解した途端。
「あーーーーーーーっっ!!」
忘れていたことを思い出した。
手塚の腕の中からがばりと身を起こし、呆気に取られている手塚をきっと睨みつけた。
「国光のばかーっっ。なんで先に言っちゃうんだよっっ。俺から言おうと思ってたのにっっ」
勝手な言い分かもしれないけれど、自分の気持ちを伝えてから、彼の気持ちを聞きたかったのに。
しかも、しかも!!
(……『愛してる』なんてズルイよっっ)
自分だってその言葉に値する気持ちで手塚が好きだけど、それを口にするにはまだこの心は幼くて……
リョーマにはまだいえない言葉を、口にしてしまえるなんてずるい、とそう思ってしまうから。
先を越されて、唇を尖らせているリョーマに、手塚は困ったような嬉しいような笑みを浮かべる。
「それはすまなかったな……だが、リョーマ、聞かせてくれ……おまえの気持ちを」
聞きたいんだ、と甘さを孕んだテノールで、見たことがないくらい優しい顔で言われては……いつまでも拗ねているのか馬鹿らしくなってしまうじゃないか。
だって嬉しい。
愛しているって言ってくれたこと。
いつまでもその言葉を大事にしておきたいくらい嬉しいから。
リョーマは意を決して、深呼吸を一つする。
「俺……俺ね……国光のこと……大好き。世界で一番特別で大切で……大好きだよ」
生まれてはじめてたった一人に抱いた恋心。
ただ一人だけに捧げる気持ち。
「今はまだね……大好き、しか言えない……それ以上の言葉で言うと、心が壊れちゃいそうになるから……もう少し俺が大人になるまで待ってて……いつか、国光が言ってくれたのと同じ言葉で、俺も伝えるから……好きだよ、大好き……だから……ありがと、国光」
腕を伸ばして、彼を求める。
自分でも上等だって思えるくらいの笑顔で。
すると手塚は、とても嬉しそうで、うっとりするような笑みを浮かべてリョーマが求めるまま抱き締めてくれた。
「感謝の言葉を言うのは俺のほうだ……大丈夫、いつまでも待っている……おまえが、傍にいてくれれば」
耳元に囁く声が甘くて、全身から力が抜けてしまいそうになる。
「だが……リョーマ、これくらいは許して欲しい……」
僅かに身を離し、そっと頤を掬われる。
甘いのは声だけではなかった。
見つめる眼差しにも、愛しく想ってくれる気持ちが溢れていて……
それが何を意味しているか、わからないほどリョーマも子供ではない。
「……許してあげる」
年の離れた恋人に、言葉とともに勝気に微笑みかけて……リョーマは従順に瞼を下ろす。
ふわりと触れてきた、自分よりちょっと冷たい唇。
黎明の光の中、優しく触れ合わせるだけの成就のキスは、感じたこともない甘美な喜びをリョーマにもたらしてくれたのだった。
終幕・間章へ続く
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