作品
六章 榴火月・伍
「国光、はい、お茶」
手塚と過ごす、寝る前の寛いだ一時。
手ずから入れた茶を差し出すと、手塚はどこか面白そうに表情を和らげた。
「ご機嫌だな。リョーマは」
「あったりまえでしょ。だって国光、カッコ良かったんだもん」
紅潮する頬を隠しもせずに、素直に告げれば、年上の恋人はどこか照れたような雰囲気を滲ませて苦笑する。
そう、本当にカッコ良かったのだ。
『武徳の会』を終えた後の、勝者を招いての宴。
興の乗った手塚と橘が、剣舞を披露した。
久々とは思えないほどに、息のあった見事な舞い。
そのカッコ良さと来たら……もちろんリョーマの目には、手塚しか映っていなかったのだけれど……七星剣と天狼剣、二つの神器が打ち合うたびに星が零れるように光が瞬いて、その光景が目に焼き付いて離れないほど。
誇らしくて、嬉しくて。
だからリョーマはとてもご機嫌だった。
自分の分のお茶も注ぎ、長椅子の上、いつもの定位置である手塚の隣に腰を下ろす。
「そんなに誉められると、面映いものだな」
手塚はストレートな言葉に弱いらしく、ときどきこんな風に照れてしまうのが、実は可愛いとリョーマは思っていた。
九つも年上の彼にはあまり嬉しくないことかもしれないけれど、それはそれでお互い様だろう……と思う。
リョーマだって、手塚の些細な言葉に、心臓が壊れやしないかという想いをたくさん味合わせられているのだから。
(……天然誑しって、きっと国光みたいな人のことを言うんだ……)
彼の自覚のない言葉は、いつだった自分を天にも昇るような気持ちにしてしまうのだ。
思い出して火照りそうになる頬をなんとか誤魔化し、自分も微妙に恥ずかしくなって来てしまったので、話題を変えることにする。
「誉めるっていえばさぁ、今回のことで桃ちゃんのこと、見直した」
取り合えず口から出た言葉だが、それは真実。
確かに手塚が選んだ人材なのだから、只者であるはずがないのだが、普段の印象ではちょっと腕っ節の強い気のいい兄貴分としか思えなくて。
だけど、ここ数日来のことで、リョーマは桃城を大いに見直した。
たった一人の人を想う一途さ、己を貫く強さ、決して臆さないその誇り。
北辰王の七星剣と呼ばれる一角を担うに相応しい、心根の持ち主だと、しっかり納得したのだ。
やはり砕けていた腕を不二に治癒してもらいながら、笑っていた顔を思い出す。
試合が終わった直後は放心していた彼の婚約者は、桃城の傷を改めて確認して目に涙を浮かべながら彼に罵声を浴びせていたけれど。
「あぁ、確かにな。やつは、大器と呼ぶに相応しい男だ」
「ちょっと穴だらけかも知れないけどね」
顔を見合わせて笑い合う。
桃城と言う男は、その穴さえも気にならない器の持ち主なのだと。
さすがに、杏を溺愛している橘も、しぶしぶであるが婚約を認めた。
最も、認めただけで、桃城の苦難はまだまだ続きそうなのだが。
橘も、リョーマが拉致されたことを聞かされたためか、天領国に腰を落ち着けることを約束してくれて。
ここでの日々は、ますます賑やかになりそうなことだと、予感する。
それを告げようとすると、先ほどまで笑っていた手塚が、どこかバツの悪そうな表情でこちらを見つめていた。
「国光?」
問いかけに、恋人はわずかに逡巡したようだった。
しかし。
「リョーマ」
「なに?」
「確かに桃城はいい漢(おとこ)だがな……俺の前であまり他の男を誉めるものじゃない」
その口調は甘く、リョーマの手から茶器を奪って卓の上に乗せると、軽々と膝の上へと抱き上げられてしまう。
見上げた先の表情は、驚くほど優しかった。
胸がどくんと、大きく高鳴る。
自分の前で他の男を誉めるな、など……
「国光、ひょっとして……妬いた?」
「まぁ……少しな。大人げないと思うが……」
二人きりだから言わずにはおれなかったのだと、そんな嬉しいことを言われてしまっては。
「リ、リョーマ?!」
大好きな人の首筋に、噛付くように抱きついた。
「へへっ、嬉しい」
「リョーマ」
「本当だよ。大人げなくったっていいじゃん。国光が妬いてくれたなんて、俺には嬉しいことだよ。だって、俺、国光のこと大好きなんだからね!」
シャープな感じのする大人の輪郭。
やわらかいというのとはちょっと違う……けれども触り心地のいい彼の頬に自分の頬を擦り付けて、リョーマはまるで猫のように手塚に甘える仕種を見せる。
そうして、恋人の唇に、ちゅっと触れるだけのキスをした。
すると彼は僅かに相好を崩す。
手塚はそんな表情をしてもかっこいい。
どきどきしてしまうのは、決して恋する欲目だけではないはずだ。
たぶん、彼の育ちの良さと言うか、高貴さの故だろう。
この世のどこよりも安心できる腕に緩やかに拘束されて、全身が幸福感に満たされる。
髪の一筋、爪の先までも。
「リョーマ」
「ん?」
「今回のことでな、俺も改めて心に決めたことがある」
「決めた?何を?」
「桃城が言っていたろう?例え天からの玉命であっても杏との婚約は解消しないと」
リョーマはそれに頷く。
きっぱりと、自分たちの目の前で桃城は確かにそう言った。
その言葉が桃城を見直す発端であったのだから。
「あれを聞いて俺も思った。例え何があっても、いかなるものが俺たちを隔てようとしても、決しておまえを離さない。相手が天帝であったとしても……戦うことを辞さない覚悟を」
天帝と争う。
それが手塚にとってどれだけ重い言葉かを知っている。
北辰王は天帝の忠実なる臣。
そして手塚がその場の雰囲気だけでそんなことを軽々しく口にしないって言うことも。
胸がぎゅっとなって、リョーマは手塚に抱きつく力を強めた。
喜びがひたひたと胸から沸きあがる。
この気持ちを、伝えなければ……
「うん……俺も、絶対国光から離れないから。離れないからね」
真剣に誓い合って、互いの間の空気がふっと緩む。
見つめる瞳、絡み合うまなざしをそのままにどちらからともなく顔を寄せて……微笑の形のまま重ねた唇のぬくもりに、リョーマは眩暈のしそうな幸福を噛み締めたのだった。
終幕・七章に続く
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