庭球小説

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九章 柊雪月・四

 今日の夕食は、食堂で皆で取るからと、手塚にそう言われた。
 普段は二人だが、月に一度か二度こういうことがあるのでリョーマは特に気にしなかった。
 夕食をみんなで取るときは、たいてい河村の新作料理の試食会である。
 迎えに来てくれた年上の恋人に伴われ、これといった疑いも持たずに食堂へと赴いたのだが……
「あれ……杏に、橘さん……?」
 いつものメンバーの他に、イレギュラーな兄妹の姿を認めて、リョーマは目をぱちぱちさせた。
 宮城に遊びに来た折に昼食を共にしたことは何度もあったが、内輪の夕餉に二人が同席したことはなかったので。
「邪魔しているぞ」
「リョーマくんのお誕生日だって、お招きいただいたのよ」
 杏の言葉に、はっとなって、リョーマは傍らに立つ恋人を見上げる。
 手塚は端整な顔に優しい表情を浮かべて頷いた。
「あちらの暦と全く同じと言うわけではないだろうが……一年の最後の月、その二十四日がお前の誕生日だと教えてくれたろう?」
 天領でもリョーマの生まれ故郷でも一年は十二ヶ月。
 リョーマはあちらの十二月二十四日……クリスマス・イブに生まれた。
 今、天領は十二ヶ月目の柊雪月。
 そして今日は、その二十四日。
「お前の故郷では、誕生日を家族や友人や恋人……親しい人たちで祝うものと聞いたからな」
 大きな手で、そっと背中を押される。
 暖かなぬくもり。
 大好きな人たちが、優しい眼差しでこちらを見つめている。
「俺たちの誕生日は覚えててくれたのに、自分のことは考えてなかったのにゃ?」
 菊丸が笑って、おいでおいでと手招くのに、胸の奥が……不思議な愛しい気持ちで満たされていく。
 ともすれば潤みそうな目。
 けれど涙を見せるより先に、口元が綻んだ。
「ありがと……すごく嬉しいよ」
 みんなの顔をぐるりと見回し、そして最後に隣で微笑んでいる半身に、自分も笑顔を返す。
 手塚が繊細な指先で、頭を撫でた。
「お前が俺たちに教えてくれたんだ、リョーマ。生まれた日に感謝すること、祝うこと……これまでなんでもなかった、ただ生まれただけという日を特別な日なのだと」
「……国光」
「君がいなかったら、多分知らないままだったよ。誰かに生まれたことを祝ってもらえるのが、嬉しいものなんだってね」
 手塚の言葉を継いで不二がそう言う。
「だから、僕たちがその気持ちを君に返したいと思うのは当然のことなんだよ」
「周助……」
 促されて席に着くと、卓の上に並べられていたのはリョーマの好きなものばかり。
 河村が腕を揮ってくれたそれは、いつも以上に美味しそうに感じられた。
「祝いの席だから、一杯だけな」
 そう言って、北辰王自らが、杯に酒を注いでくれる。
 甘くていい香り。
 淡い桃色の酒。
 生まれて初めて舌に乗せたお酒は、ふんわりと甘く、アルコールが少し喉を焼くような感じがしたけれど、美味しかった。
 手塚と二人きりの夕食もいいけれど、こうしてみんなで歓談しながら食卓を囲むのは楽しい。
 さすが、河村が腕によりを掛けて作ったものらしく、皿の上の料理はいつしか綺麗に片付いていく。
 リョーマもとても美味しいそれを心ゆくまで味わった。
 そうして甜食(デザート)が運ばれてきて……
「えっ!」
 銘々皿に盛られていたのは、リョーマには馴染みのお菓子。
 アップル・パイに、アイスクリームが添えられているものだった。
「こ、これって……」
「上手く出来てるかはわからないけど、前に越前に教えてもらったお菓子を作ってみたんだ。これは、俺からの誕生日の贈り物だよ」
 上手く出来てるかわからない……なんて、謙遜もいいところだ。
 アイスクリームは、自分自身でも作ったことがあった。
 だから実演することも出来たけれど、アップル・パイに至っては、あんな曖昧な説明からよくここまで完璧に再現したものだと思う。
「こちらは、氷菓子か?」
「うん。牛乳と卵と砂糖を凍らせながら、何度も攪拌したものだよ」
 乾の興味深げな質問に、河村が答える。
 やや黄みがかった優しい色合いのバニラは、牛乳の風味がよく活きていて、どこか懐かしいような味がした。
 生クリームがないため、少しざらざらとした……けれども、十分滑らかな舌触りを出すまでに、一体どれくらい根気よく攪拌したのだろうか。
「なんだか優しい味。すごく美味しいです」
 初めて異世界のお菓子を口に入れた杏は、感動したような面持ちでそう絶賛する。
「うんうん、冷たくて美味しいにゃ」
 他の面々からの賛辞を受け安心したのか、河村はこちらに視線を向けた。
「そう?ありがとう。越前、どうかな?合格点はもらえる?」
「もちろん。すごいや、河村さん!俺、こっちでこんなに美味しいアップル・パイとアイスクリーム食べれるなんて思わなかったよ」
 さくさくしたパイ生地に、とろりと甘く煮詰められた林檎のフィリング。
 アイスクリームと一緒に口に入れれば、シナモンのスパイシーな香りが際立って、あまりの美味しさにとろけてしまいそうになる。
 おそらく試行錯誤を繰り返したであろう、河村の心遣いと努力へ有り難い気持ちでいっぱいになった。
「じゃあ、次は僕から……」
 そう言って今度は、不二がリョーマのところにやってきて、柔らかなショールを手渡してくれる。
「誕生日、おめでとう、リョーマくん」
 明るい空色のグラデーションが美しい、暖かそうなショール。
「ありがとう、周助」
「俺からは、これにゃ」
 おめでとう、おちび……と菊丸からは、鼈甲の櫛。飴色に輝くそれには、牡丹の花が細工されていた。
「これなら読み書きの練習にも役立つはずだよ」
 乾からは、子供向けなのだろう……けれども精緻な絵がたくさん描かれた、天領の伝承などを集めた絵巻物を。
「今使っているものは扱いづらそうだったからね」
 リョーマの手には少し大きな筆を扱い兼ねているのに気付いてくれていた大石からは、小ぶりな筆とぱっと見ただけで高価なのが知れる硯。
「まぁ、護身用にな」
 シンプルだが、要所要所に職人の拘りが垣間見える懐刀は桃城から。
「おら」
 ぶっきらぼうに海堂が押し付けてきたのは、流浪の民が好んで飲むという……珍しい茶葉。その製法は、流浪の民の間でしか継承されていないため、一般ではとても貴重で高価なものだという。
「私からは、これを。リョーマくんに似合うように合わせてみたのよ」
 杏からは、手製の香袋。
 おめでたい柄の刺繍は、彼女の手によるもので、香自体も杏自らが調香したものだと、はにかみながら教えてくれた。
「越前、これに向かって、軽くでいいから風を起こしてみろ」
 橘がそういうので、卓の上に無造作に置かれた石柱……けれどそれは玉虫色の輝きを放って美しい……に、指の間からふっと息を吹きかけて風を起こしてみると……
 ところどころ開いた穴に風が抜けていき、涼やかな音を響かせたではないか。
「大陸の東を旅したときに手に入れたもので、そこの名物品だ。風鳴石という。杏と揃いだ」
 放蕩……もとい、放浪の旅を続けてきた橘らしい贈り物だ。
 そして最後の一人。
 大好きな恋人からのプレゼント。
「俺からは、これを、リョーマに」
 差し出されたのは、一振りの剣だった。
 実用的なものでないことは一目でわかる、繊細な装飾の施された細身の剣。
「国光、これって……」
「式典用の宝剣だ。男の姿で儀式に臨むときは、帯剣が必要だからな」
 天地拝で、初めて男の身体で儀式に臨む自分のために、誂えてくれたらしい。
 すらりと鞘から抜き放てば、目を見張るほど美しい刀身が姿を現した。
「わぁ」
 その刀身は、鋼ではなかった。
 淡く蒼に透けるこの刀身は、夜水晶いう名の蒼い水晶。
「へぇ……呪具としても使えるようにしてあるんだね」
 感心したように不二が言う。
 加護女は過程を経ずに万物の力を操ることが出来るが、強大な力ゆえに媒介があったほうが望ましいとされている。
「リョーマの身を守るものは、一つでも多いほうがいい」
 きっぱりと言い切った恋人の言葉に、リョーマは胸が熱く震えた。
 手塚に愛されているのがわかる。
 みんなに大事に思ってもらえているのがわかる。
 それは、なんて幸せなことだろう。
「ありがとう、みんな……俺、すごく嬉しい。こんな風に祝ってもらえて、本当に嬉しいよ。大事にするね」
 だから瞳は潤むけれど、こんなに自然で幸せな笑顔になるのだ。
 心から思って、そう言えば手塚が慈しみに満ちた眼差しでリョーマを見つめる。
「さっきも言っただろう?それは、お前が、俺たちに教えてくれたことだ」
「そんなリョーマくんだから、僕たちは君がとても好きなんだよ」
 おっとりと笑う不二の言葉が胸に染みて。
(……うん、俺もみんなのこと、大好きだよ)
 胸の内で呟いて、リョーマは極上の笑顔を浮かべて見せた。


続

  • 2012/01/20 (金) 04:21

タグ:[比翼連理]

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