庭球小説

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九章 柊雪月・伍

 一年の終わりの日。
 夜もとっぷりと更けた頃。
 リョーマは半身の訪れを待っていた。
 この日のために誂えてもらった衣装。
 しっとりとした極上の絹で作られた一揃えを、甚くリョーマは気に入った。
 袍は、足首ほどまでの長さで、落ち着いた深紅。
 ワインレッドの大人っぽい色合いに、黒と金の絹糸で文様が刺繍されている。
 抑えた色味の金の帯を結べば、きりりと引き締まった印象を与えた。
 袴(ズボン)はすそがきゅっと窄まっているタイプで、艶やかな漆黒。
 それと共布で作られた、ボレロのような上着を袍の上から身に纏う。
 マオカラーの襟元を、花の形に模した飾り釦で留めて。
 全体的に大人っぽい雰囲気が、面映くもあり嬉しくもあった。
 それに誕生日に貰った宝剣を、腰に佩いて完成。
 細身であるため、大して負荷はかからない。
 鏡の前で何度も確かめて、これを選んでくれた手塚のことを考えると、とても幸せな気持ちになる。
「リョーマ様、主上がお迎えに来られましたよ」
「ありがと、透理」
 透理に呼ばれて、リョーマは慌ててクローゼットスペースを出て。
 穏やかにこちらを見つめる恋人を認めると、やっぱり彼は息を飲むほどかっこよかった。
 王のみが着用できる、特別の袍。
 北辰王の貴色である藍色の絹地に五本爪の竜が、見事に刺繍された龍袍は、長身の手塚には想像通りよく似合っていたから。
「国光、かっこいいよ」
 うっとりとそう告げれば、彼は涼やかな目元に照れを滲ませながら微笑んだ。
「ありがとう……リョーマもよく似合っているぞ」
「国光が選んでくれたんだもん、当たり前でしょ!」
 喜びがそのまま声に乗せられているのを自覚しながら、素直にそう言えば手塚は大きな掌で頬を優しく撫でてくれた。
「これから夜を徹しての儀式になるが、大丈夫か?眠くはないか?」
「ん、へーき。周助たちに言われて、今日はお昼寝いっぱいしたから」
 徹夜になるから、潔斎ですることがあるわけでもなし、昼食の後、眠っておいたほうがいいとアドバイスされたのだ。
「そうか。では、行こうか」
「うん……あ、でも……」
「どうした?」
「楽器はもって行かなくてもいいの?」
「それは心配ない。あちらにちゃんと用意されているはずだ」
「そっか」
 納得して頷いたリョーマの目の前に、そっと差し出される手。
 にっこり微笑んで、自分の掌を重ねると優しい力が握り締めてくる。
「では、行くか」
「うん。透理、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
 式神に声をかけると、彼女はおっとり微笑みながら送り出してくれた。
 手を繋いで、神域の森を抜け、星彩の塔へと向かう。
 もうすぐで新年を迎える夜気は、冷たかったけれど、寒さに震えることはなかった。
 何より包み込まれた手のひらから伝わってくる温もりがあるから。
 深々と降りてくる冷気など、ちっとも気にならない。
「寒くはないか?」
「大丈夫。国光の手、あったかいね」
 きゅっと握る手に力を込めれば、手燭の灯りに照らされた手塚の表情が和らいだものになる。
 凛々しく整った顔立ちが、ひどく甘いものに変化する……その瞬間がリョーマはとても好きだ。
 自分にだけ見せてくれる表情だと、知っているから、優越感と彼が好きだと想う気持ちで胸がいっぱいになるのだ。
 恋は激しいものばかりだと思っていた。
 そして幼いながらも、そんな恋に憧れもしていた。
 でも、こんな風に深く、染み入るような情熱でもって訪れることもあるのだと、今は知っている。
 激情めいたものは確かにある。
 誰よりも一途に、想い想われている……過信ではない自信もある。
 けれども、決して一方的に相手を燃やし尽くしてしまうような、そんな激しさはない。
 いまだ戸惑いや足踏みを隠せぬ、稚い心が成長するのを恋人は待っていてくれて……
「…………ねぇ、国光」
「なんだ」
「俺ね、天領に召喚されて、本当によかった」
「どうした、いきなり」
 いまでも。
 ときどき手塚が、罪悪感に駆られているのに、気付かないリョーマではない。
 それがお互いに引き合った結果と言うなら、リョーマにとっては嬉しいことでしかないのだけれど。
 大人である恋人には、拘ることもあるらしかった。
 だから、リョーマは、いつでも素直に伝えることにしている。
 本当に、この世界に来て良かったと思う気持ちを。
 ここで出会えた人たちが大好きで。
 何より手塚を慕う気持ちは、もうどうしたって失えないもので。
 天帝と西王母が創造したこの天領という世界こそが、いまやリョーマの世界であり、自分がいるべき場所は手塚の傍らにしかない。
「ここに来て、最初の年が終わるから、なんとなく言いたかったんだ」
「……そうか」
 ぽつりとした声音は、だがしかし嬉しそうだった。
 ふと見せた表情が、あまりにも綺麗だったので……胸は高鳴り、我知らずリョーマの頬は紅潮する。
 それを隠すために、リョーマは僅かに俯いた。
 それからは言葉もなく、星彩の塔へと黙々と歩みを進めたのだが。
 手塚と二人なら、沈黙さえも愛しいから。
 塔の入り口に、手燭を置いて。
 儀式が執り行われるのは、星彩の塔五階の相聞の間。
 一階から転移してきた堂内は、殺風景と言ってもいい印象を与えた。
 堂の真ん中に、椅子が一つ、その隣には敷物が敷かれただけの空間。
 椅子には胡弓が立てかけてあり、敷物の上には月波琴が置かれている。
 手塚に視線で促されて、繋いでいた手を放す。
 温もりが失われたのを切なく感じて、リョーマは繋いでいた方の手をもう片方の手のひらで包み込んで胸元に抱いた。
「リョーマ」
「……うん」
 わかっている、と頷く。
「……夢のようだな」
「え?」
「今年は、お前がここにこうしている」
「あっ」
 前回もその前も、手塚は北辰王を継いでから一人で天地拝をこなしてきたのだ。
「去年は、この堂の中には、椅子と胡弓しかなかった。それが役目とわかっていても、一人きりで楽を奏でるのは、物悲しいものがあったけれど……これからは、お前がいるんだな」
「うん……いるよ。ずっと、一緒にいる。どんな風が吹いても……」
「あぁ……緊張しているか?」
「少しね……だって、ここで奏でた楽の音は、天地に響き渡るんでしょ?神様たちだけじゃなくって、世界中の人に聞かれるんだって思ったら緊張するよ。まだ胸張れるほどの腕前じゃないのは、俺が一番わかってるし」
 軽く唇を尖らせると、恋人は喉の奥で笑った。
「菊丸が言っていたのだろう?技術ではなく心で弾けと。ここで奏でる音楽は、お前の持つ天鈴の音と同じ。心の在り様が、顕かになったものだ。だから、リョーマはリョーマらしくしていればいい」
「それは……わかってるけど、緊張するものは、緊張するの!」
「なら、上手く弾けるように、まじないでもしてやろうか?」
「おまじない?国光が?」
 意外な申し出に、リョーマは目をぱちくりさせる。
 北辰王や加護女の揮う力は、『術』だの『まじない』などといった形式とはまったく似て非なるものなのに……
 恋人は、悪戯っぽく微笑むと、リョーマの両手をそっと掬い上げ、指先に優しく口付けてきた。
「なっ!」
 緊張は、一気に吹き飛んだ。
 吹き飛んだけれど、かわりに羞恥がこみ上げてきて。
「……もう。誰に教わったんだよ、こんなおまじない……」
「今思いついた」
 臆面もなく、悪びれもせずに言い切られては突っ込む気持ちもおきない。
 けれど、いやなわけではもちろんなくて……
「俺限定にしといてよね。そういうのは」
「もちろん」
 軽口を叩くだけの余裕が出てきて、リョーマは敷物の上に腰を下ろして、月波琴を構えた。
 手塚も、小さく笑って、椅子に腰掛け、胡弓を膝の上に構える。
 奏でる音楽は即興。
 恋人がふっと息を吸い込む気配がして。
 最初の一音は、北辰王から。
 艶やかで、どこか官能的な音色が響く。
 手塚の奏でた音色に応えるように、リョーマは月波琴の弦を爪弾く。
 音階は直感だ。
 なのに二人が生み出していく旋律は、まるで示し合わせていたかのように妙なる調べにしか聞こえない。
 そう、さながら愛の言葉でも交し合っているかのような。
 北辰王の音色に、加護女が応える。
 この儀式が執り行われる堂を、『相聞の間』と証する所以は、まさにそこにあるのだ。
 手塚とリョーマ。
 二人の心が寄り添うさまを表すかのような調べが波紋のように、和えかに天地に響き渡る中……ひっそりと夜は更けていき。
 新しい一年の始まりが、すべてのものに等しく訪れたのだった。


終幕・間章に続く

  • 2012/01/20 (金) 04:22

タグ:[比翼連理]

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