庭球小説

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十一章 梅信月・伍

「……ん」
 痺れたようになっていた全身に意思が通う。
 気を抜けば、そのまま力も抜けてしまいそうになるけれど。
 リョーマは、何とか己を保って、瞼を開けた。
「リョーマくん」
「……しゅ……すけ」
「良かった。気付いたね。具合はどう?」
「だいじょぶ。急に力を使ったから、うまく制御できなかっただけだし」
 よいしょ、と寝かされていた寝台の上に起き上がる。
「ずいぶん、『気』が乱れたね」
「うん。五行の流れがくぢゃぐちゃに混乱したから。まずいと思って、何とか安定させようとしたら、こんなになっちゃった」
 まだ未熟だから。
 咄嗟に放った万物の力を制御し切れなくて、反動で昏倒してしまった。
 五行の流転は、世界を構築する要の一つ。
 それが狂えば、天変地異をももたらしかねないのだ。
 地の守護者として、それを見過ごすわけには行かない。
 今もまだ安定していない気を支えるために、リョーマは万物の力を天領国の国土を包み込むように放射し続けていた。
 この国は、世界の縮図。
 掻き乱された五行の気に対しての、とりあえずの応急処置でしかないのだけれど。
「無茶をするね」
 困ったような口調で咎められて、リョーマは苦笑するしかない。
「まぁ……でもさ、これは俺自身がしなきゃいけないって思ったから」
 だからしたんだと、揺るぎない瞳で見上げると、不二はやれやれと肩を竦めた。
「確かに、それが出来るのは加護女である君しかいないけど……びっくりしたし、心配したんだよ」
「うん、ごめんね。ありがと……ところで俺って、どれくらい意識失ってた?」
「丸一日ってところかな」
「そっか……みんなは?」
「執務室にいるよ。とっさに君が力を放ってくれたとはいえ、一瞬でも五行の気が乱れたその影響による被害も出ているからね」
 被害、という言葉にリョーマは唇を噛む。
 完全には、間に合わなかったのか。
「安心して、怪我人は出たけど、死者は今のところ報告されてない」
 至らなかったと思うことはない、と。
 ほっそりした優しい指先が、頬を撫でてくれる。
 それに癒されるような心地で、しばらくじっとしていたけれど。
「周助、国光のところ行きたい」
「え?」
「国光のことだから、きっと昨日から執務室に詰めてるんでしょ?顔を見せて安心させたいし、それに……五行の結界が汚されたなら俺にも出来ることはある」
 この天領国は、五州からなっている。
 東西南北、そして首都・春蓮がある央州。
 首都と州都には、祭宮があり、そこには方位に対応した五行それぞれの宝玉が安置されている。
 天より授かった神器。
 これに天の祭宮……すなわち星彩の塔に安置されている陽の宝玉と、天海の水底深くにある地の祭宮に安置されている陰の宝玉を足して陰陽五行の宝玉と言い、これらは万物の気の流転を速やかにする媒介であり、同時に結界の役目を果たしている。
 あの瞬間、確かに感じた。
 陰陽の宝玉以外……つまり、地上にある、その結界の全てが一度に汚されたのだと。
 これらが汚されると、相生の関係、相剋の関係と常に一定方向に流れている『気』が滞って、乱れ、あるいは淀み、上手く作用しなくなってしまう。
 これは充分、世界の枠組み……『理』……を乱すことになってしまうのだ。
 天の代理人たる北辰王・手塚が見過ごせないのはもちろんのこと、地の守護者として、それはリョーマも同じことだった。
 だからいつまでも、じっとしているわけにはいかない。
 自分には、やるべきこと、そしてやれることがあるのだから。
「身体なら、大丈夫だよ。いきなりだったから、身体が驚いただけで、もともと丈夫なんだから」
 トン、と軽く胸を叩いて、勝気に微笑む。
 不二はしばらく思案していたが……
「僕も手塚のことは笑えないなぁ。君のお願いなら、たいていの事はかなえたくなっちゃうんだから」
 軽口を叩いて、OKをくれた。
 それから、夜着を着替えて、身嗜みを整えて、用意されていた軽い食事を取ってから不二の先導で太極殿へと向かう。
 儀式や宴で訪れたことはあるが、手塚が普段仕事をしている執務室に足を踏み入れるのは、これが初めてのことだった。
「手塚、いいかい?」
「不二か。入れ」
 許可を得て、おっかなびっくりで、不二に続く。
「越前?」
 大石が自分の姿を認めて、目を丸くする。
「おちび!どうしてここに……」
 みんな自分の出現に驚いていた。
 手塚も軽く目を見開き……でも、次の瞬間には優しく目を眇めて。
「リョーマ、もう大丈夫なのか?」
「うん。みんな心配かけてごめんなさい」
 ぺこりと謝る。
「そんなのはいいにゃ!起きていいの?俺、すっごく驚いたんだぞ」
 駆け寄ってきて、膝をつき菊丸は心配そうに覗き込んでくるのに、リョーマは笑顔を見せた。
「五行の結界が汚されたなら、俺にもここに参加する資格と権利はあるんじゃないかと思って」
「違いないな。越前は『加護女』なんだから」
 乾が抑揚のない口調に優しさを滲ませて、そう言った。
「でも、本当に大丈夫なのかい?」
 河村らしい言葉に、胸を張って頷く。
「だから、俺は基本的には丈夫なんだってば」
 平気だよ、と言い切ると、彼も安心したようだった。
「周助からここに来るまで、ちょっとは聞いたんだけど、状況の説明と対策を聞かせてよ」
 海堂が無言で椅子を勧めてくれるのをありがたく受けて、腰を下ろし半身をじっと見上げる。
「そうだな……リョーマも感じたんだろう、さっきの指摘どおり五行の結界が汚された……乾」
「報告によると、宝玉は血で汚されていたらしい。宝玉を汚すということは、尋常じゃない。仮にも神器だ。怨嗟や何らかの負の感情がしみこんだ血。たとえば、その場で殺された人の血がかかったとか、恨みを込めてその場で自らに刃を向けたとか……それが一番考えやすいんだけど、でもどこの祭宮でもそんな刃傷沙汰は起きていないんだ。大体、宝玉が安置されているのは祭宮の一番奥で、それこそ極一部の人間しか立ち入れないしね。一番妥当で安易な可能性は、ありえないと断言してもいい」
 手塚に促されて、乾が流れるように言葉を紡ぐ。
「考えられるのは……血そのものに力のある誰かによる仕業ということだ」
「そう考えると、術者と考えるのが普通だがな、リョーマ……」
「宝玉を汚そうなんていう、邪な心を持った術者が、一種の神域である結界に踏み込めるはずがない」
 でしょ、とほぼ正しいと思われる推論を口にした。
 多分、みんなも考えてることは同じだと思う。
「リョーマくんの言うとおりだね。だとしたら……一番可能性があるのは……」
「血そのものに神器を汚すほどの……禍々しい力を持つもの。鬼の一族の誰か、というのがもっともな結論だと思うよ」
 そう不二の言葉に乾が続ける。
「普通に考えたら、鬼が神域に立ち入ることは不可能なはずだ。五行の結界は、紫電宮に張られている結界と同様に、鬼を受け入れない。だが……以前、その結界が意味をなさず、俺たちの誰にも存在を感知させず宮城に入りこんだ輩がいたことから、それは充分ありえるだろう」
 手塚が眼鏡のふちを弄りながら言う。
 半身は、少しばかり苛々しているようだった。
 なぜならその仕種は、彼が苛々しているときの癖だから。
「今求められているのは、結界の迅速なる修復だ。宝玉は、急ぎ清めさせている。だが、汚されたことで、本来持っている力を大幅に殺がれていることだろう。自然修復を待っていたのでは、どれだけかかるかわからない……だから……」
「相生(そうしょう)の力を持って、結界の修復を図る、ということだね?」
 当代一の誉れ高い法術師は、北辰王の言葉の先を読んだ。
 こういうところは、まだ敵わないなと思うけど。
 今は、そんなもやもやを気にしているときではない。
「それは妥当だと思うが、一体どうやって?術者や神官たちを使ったとしても五十歩百歩だと思うぞ」
 乾の言うことは、リョーマにも理解が出来た。
 不二クラスの高位術者はそう何人もいない。
 一介の術者に使える五行の力など限られているのだ。
「確かにな……だが、五行の力を宿した神力ならどうだ?」
「…………!星神か!」
「そうだ。大石」
「そっか!七星神なら、陰陽五行の気に対応した、神力を持ってるもんにゃ」
 得心が行ったように、菊丸が大きく頷いた。
 北辰王が預けられている天軍の要の将たる・七星神。
 剣の柄、貪狼星(とんろうせい)は陽気を司り、依代は乾。
 巨門星(きょもんせい)は金気、依代は河村。
 禄存星(ろくそんせい)は土気、依代は大石。
 文曲星(もんごくせい)は木気、依代は菊丸。
 廉貞星(れんちょうせい)は水気、依代は海堂。
 武曲星(ぶこくせい)は火気、依代は桃城。
 剣の切っ先、破軍星(はぐんせい)は陰気、依代は不二。
 星神の発する神力、そこから迸る五行の気は、人の術者が操るものとは雲泥の差だ。
 それを使えば……
 ずっと短期間で、結界の修復は叶う。
「菊丸は南州へ、大石は西州、河村は北州、海堂は東州、桃城は央州の祭宮へと急ぎ赴き、媒介の指輪を用いて神域に星神の力を満たせ。相生の理を持ってすれば、宝玉に力が蘇る」
 相生とは、プラスの連鎖関係だ。
 すなわち、木が火を生じ、火は土を生ずるというような。
 これに対して、マイナスの連鎖関係を相剋(そうこく)というが、これらの相互作用が、万物の除災清浄を行い、気の流れは正しく流転している。
 相生の相性を持つ星神の力を満たして、結界を修復するのだ。
「国光」
「どうした、リョーマ?」
「それでも、多少は結界の修復には時間かかるよね?」
「そればかりは如何ともしがたいな。だが、止むをえん」
「なら、その間、継続して俺が五行の気の流れを支える」
「!」
 それはリョーマにしか出来ないことだ。
 加護女である自分にしか。
「精神的にも、体力的にも厳しいぞ」
 手塚は難しい表情だ。
 そんなことはリョーマ自身にもわかっている。
 受け皿となっていた力を反転させて、万物の力を放出し続け、狂った五行の流れを正常に導く。
「でも俺は加護女だ。万物五行の正しい巡りを守るのも地の守護者の役目なんだよね?」
 自分に出来ることがあるならしたい。
 真摯に相訴えると。
 半身は、溜息をついて。
「許可する。だが、無理はするなよ?」
「うん!ありがと国光」
 許してもらえたのが嬉しくて、リョーマは満面の笑みを浮かべた。


続

  • 2012/01/20 (金) 04:38

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