作品
十一章 梅信月・六
「自分の出来る範囲で頑張る。無理は絶対しないよ」
そう手塚に約束しているリョーマの姿を見つめながら、不二はそれが我がことのように嬉しかった。
凛とした強さ。
それは、生来加護女となるべきものに備わっているものなのだろうか。
今リョーマが瞳に映している光を、かつて見たことがあった。
それが懐かしくて、今度は自分が、彼らを支えたい気持ちでいっぱいになる。
そうして昨日から思案していたことを口にした。
「手塚、提案があるんだけど」
「なんだ?」
「五行の巡りが戻るまでの強化対策として、陰と陽の宝玉にも気を注いだらどうだろう?リョーマくんの負担の軽減にもなるはずだよ」
五行の流れが完全じゃない分を陰陽の理を強化することで補う。
少しでも打てる手を打っておくのは決して無駄にならないはずだ。
「それは確かに有効だが……」
「陽の宝玉はいいとして、陰の宝玉はどうするっスか?地の祭宮は、たとえ星神を下ろしたとしても、生身の俺たちじゃ辿り付けないっスよ」
眉間に皺を寄せた手塚に、桃城が追従する。
桃城の言いたいことは不二にもわかっている。
陽の宝玉は、星彩の塔地下一階に安置されており、それに陰の気を注ぐのは自分の役目。
それは問題じゃない。
問題なのは、陰の宝玉だ。
それに陽の気を注ぐとしたら乾の役目なのだが……
地の祭宮は、天領国の国土の真下にある。
天海の中……深い深い場所。
紫電宮と、ちょうど対なす水底に。
星神を降ろしたとしても、生身の肉体では、水圧に耐え切れないと言いたいのだろう。
「それにさぁ、私官が五人も不在になるんだよ?こっちはめちゃめちゃ手薄になっちゃうにゃ」
ただでさえ、敵は紫電宮に乗り込むことができる鬼だ。
守りは少しでも多いほうがいい。
「それについては僕も考えたよ。手薄になってしまうのはどうしようもないよね。だから、少しでも補うための方法を考えてる」
「言ってみろ」
「まず、橘に紫電宮に詰めてもらう。たぶん事情を話せば快く請け負ってくれるはずだよ。天狼もいるしね。かなり心強くなる。それに……地の祭宮には、わざわざ乾が行く必要はないよ」
「どういうことだ?」
乾が怪訝そうな顔をする。
「陽の気を注げる存在だったら問題ないんだろ?打ってつけの人材に心当たりがあるんだ。しかも神気を使えるし、水圧にどうこうなる心配もないよ」
にこりと、口元に笑みを上らせる。
「周助、それって……もしかして?」
「ふふ、タカさん気付いた?」
「そりゃ、まぁ……」
「彼は僕らに借りがある。いつかそれを返すって約束してくれたじゃないか。今がそのときだと思わない?」
誰のことを言っているのか、察しが付いている河村は納得したような、そうでないような表情をしているけれど、ほかの面々は話に付いて来れていない。
「一年ちょっと前、君に頼まれた任務で、僕とタカさん、西州に行くことになったじゃないか?」
「あぁ」
脈絡がなかったので、手塚は訝しげな表情をしているが、頷いた。
「任務をこなすうちに知り合ったんだけど……妓楼のご主人でね。けっこう大きな妓楼だったな。そこは西州ではけっこう有名なんだよ。主人はもう何十年も姿が変わらないって」
「姿が……変わらないってどういうことにゃ……」
「……半分は、手塚と同じ身の上ってことさ。彼は、龍人(りゅうじん)だったんだ」
「龍人……ってことは、両親のどちらかが竜ってことっスよね」
海堂の言葉を笑顔で肯定する。
鬼とヒトの混血児を鬼人(きじん)。
竜とヒトの混血児を龍人。
人間と交わることの多い異種との間の混血児には特別の呼称があるのだ。
「そう。東海青竜王と、その人間の神子との間のご子息だよ。かなり風変わりな御仁で、人界で妓楼の主なんかやっている。龍人だからね、どんなに深い場所でも水圧は関係ないし、『竜』は陽の存在。適任だと思うんだ。手塚が許可さえしてくれれば、連絡とって見るよ?」
龍人であるということだけでも充分だが、彼の父親は竜族の王の一人。
人の血が入っていても、竜としてはかなり高位の存在と同格の力を持っているはずだ。
「…………わかった。許可しよう」
手塚が却下するはずはないと思った。
彼は今、これまで以上に世界を守りたいと思っているはずだ。
かつては守らねばと思っていた世界を、守りたいと思っているから。
「了解……リョーマくん」
「なに?」
自分に水を向けられたのに、彼女はきょとんとした表情でこちらを見上げてくる。
「君の式神を貸してくれる?これから、西州まで大急ぎで行ってもらわないといけないから。僕の式神じゃあちょっと時間的にね……」
加護女の式神は、術者の使役するそれとは違う。
精霊や精怪(年月を経て、通力を得た存在)を、式神として下したものだ。
ゆえに、特殊な力も持っているわけで……
彼らは、風脈や水脈などに潜って遁甲(とんこう)できるため、恐ろしく速く移動できるのだ。
「いいよ。大急ぎって言うなら、速いほうがいいよね」
「そうだね」
「速さ重視なら……緋焔(ひえん)!」
リョーマが呼ばわると、どろんっと音がしそうな感じで、執務室に若い男が姿を現した。
赤紫色の髪、金色の瞳。
「呼んだかい?我が主」
砕けた口調で呼び出しに応じた彼もまた、リョーマの式神の一人である。
鸞鳥(らんちょう)という鳳凰の眷属にあたる幻獣の美しい尾羽で作られた扇子が本性だ。
式神となったことで、扇子となる前の、本来の姿も取ることが出来る。
鳳凰の眷属というだけあって、飛行速度は相当なものだ。
それが式神として、風脈に乗って遁甲する術も覚えたのだから、手塚の騎獣たる龍馬(りゅうめ)にも劣らない速さを得た。
確かに彼なら適任だ。
「あのね、西州までお使いを頼まれてくれない?詳しいことを周助に聞いて」
「不二殿?承知したぜ、主」
(どうせなら女性型の式神のほうが良かったけど、四の五の言ってられないよね)
内心でそう思いつつ……
「よろしく頼むね」
そう言って詳細を説明するのだった。
続
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