作品
十一章 梅信月・九
両手を胸の前に組む。
リョーマにとって一番わかりやすい、祈りの形。
そうして、五行の流れを正常に流転させるべく、万物の力を外に向け放出していた。
精神を集中させ、一心不乱に。
そこへ……
「国光?」
リョーマは、閉じていた瞼を開けた。
大好きな恋人の『気』に異変が起きたのを、リョーマの感覚は確かに感知したのだ。
どうしても気になって……恋人の『気』を探る。
本当は未熟な自分には、まだこんな風に一度に何種類かの力を使い分けることは難しく、時として危険を伴うのだけれど……
「…………誰?」
手塚のそばに、誰かがいる。
乾ではない。
それは、その相手の『気』でわかる。
でも、この『気』。
知っているような、知らないような……
(……なんだろ、これ……)
胸がどきどきする。
ときめき、とかそういうのではなく。
驚いた、とか緊張した、とかでもない。
怖いくらい、心臓は強く早く鼓動を刻む。
いけない、と思った。
これ以上二つの力をいっぺんに使っていたら、反動が一気に返ってきてしまうかもしれない。
それくらい、切羽詰った感じ。
もう、詳しくは追うことは出来ない。
(……国光、国光……これって……)
手塚が、鬼気を発している。
そして、その場にいるもう一人も。
一緒にいるのは、鬼?
ぞくりと、駆け上がる……この感情はなんだろう。
恐怖ではない。
嫌悪に近いけれど、それだけじゃない。
突然、胸がぎゅっと締め付けられて……
「あぁっ」
リョーマはその場に蹲った。
手塚が……
手塚の気配が消えた。
この紫電宮のどこにも存在が感じられない。
がくがくと震える。
それでもリョーマは、気丈に立ち上がった。
しっかりしなくちゃ、と自分を叱咤して。
手塚についていたはずの式神の名を呼ぶ。
「鑑月」
少し遅れて……神鏡を本性に持つ銀色の式神が姿を見せた。
「リョーマ様」
冷たく整った美貌に、焦りの色が滲んでいる。
「申し訳ございません」
「謝らなくていいよ。何があったの?わかるところまででいいから説明して」
冷静であろうとするためだろうか、リョーマは深呼吸を繰り返した。
「はい。主上は、執務の合間を見つけて、この塔へと向かっておられる途中でした。主上はその道すがら、何者かと対峙されたことまでは私も感じておりましたが……突然予期せぬ力に弾かれ……」
「予期せぬ力?鑑月は、隠行してたんでしょ?」
「はい」
それなのに、その誰かは鑑月の存在に感づき、わざわざ遠ざけたということだ。
ひょっとしたら、自分を攫ったあの鬼だろうか。
今すぐ飛び出して、手塚の居場所を探したいと思う気持ちをリョーマは何とか宥めすかす。
(……落ち着け、落ち着け……俺。今、国光はいない。ちゃんと考えるんだ)
乾は気付いただろうか。
おそらく彼は、執務室に居残っていただろうから、気付いていないかもしれない。
手塚なら、こんなとき、どんな判断をするだろうか。
(俺は、国光の半身なんだから、しっかりするんだ)
ともすれば、焦りそうになる思考を落ち着かせながら……
「鑑月」
「はい」
「乾さんに、このことを報告して。官吏への指示を仰ぐんだ。お前は国光の姿を映して。他の人たちに不安を与えないように」
手塚なら、まず諸官に不安を与えないように動くはずだと考えたから。
官に対しては、乾に任せておけば当面問題ないはず。
彼ならうまくやってくれる。
「御意」
鑑月の姿が消えたのを確認して、次のことを考える。
ひょっとしたら、祭宮に向かった者たちに何らかの危害を与えてくるかもしれない。
千石は、龍人であるし、波綾を付けているので問題ないだろう。
地の祭宮は、深い水底にある。
竜の血を引くか、その眷属でもない限り、あの水圧に耐えられるとは思えない。
どんなに強い力を持つ鬼でも、だ。
だから、とりあえず除外して……
「冥刃(みょうじん)蓮祥(れんしょう)、緑絲(りょくし)、颯飛(そうひ)、緋焔」
呼ばれた式神たちは、静かに主の声に応えた。
「みんなは、各地の祭宮に向かった英二たちをそれぞれ追って。そして何かがあったときには、護るんだ」
「承知いたしました」
遁甲していけば、すぐにでも着けるだろう。
あとは……
リョーマは、はっと気付いて、一階に転移する。
地下一階で陽の宝玉に、陰の気を注いでいたはずの不二の気配が外にあるのだ。
しかも、明らかに緊迫した『気』だ。
落ち着こうとしていたけれど、やはり動転していたのだろう。
今までそれに気付かなかった。
塔の出入り口は、橘が守ってくれているはず。
「周助!橘さん!」
扉を開ける。
「リョーマくん、来ちゃ駄目だ!塔から出ちゃいけない!」
不二の厳しい声に一瞬足が竦んだけど、構わずリョーマは外へでた。
自分の立場はわかってる。
安易に失われたりするわけにはいかない存在であること。
でも状況も確かめないで、護られるだけなのはごめんだった。
外気を感じた瞬間。
ひやりと冷たい風が頬を嬲った。
皮膚を切り裂きそうな、痛いくらいの冷たさ。
そして、神域にあるまじき、禍々しい気配。
「…………リョーマくん」
困ったような不二の声。
ごめんなさいと、眼差しで謝って。
視界の端では橘が、油断なく天狼剣を構えている。
そして。
「!」
驚愕に目を見開く。
なぜ、彼女がここにいるのか。
「あんた……どうして……」
紅い袴に、白い単。
巫女さんのような格好をしているけれど。
そこにいたのは……
天城の娘である、涼華だった。
酷く虚ろな眼差し。
だがその瞳の色は……
血のような紅だ。
彼女の瞳の色は、アッシュブルーだったはずなのに。
涼華はぎこちない動きで、視線をこちらに向けた。
リョーマを認めた瞬間。
一瞬だけれど、虚ろな瞳に烈しい憎悪が踊る。
「お前さえいなければ……」
低い、掠れた声。
生気というものが全く感じられない。
けれど、その言葉は冷たい風に乗り、リョーマの耳に確かに届いた。
涼華の身体から、ありえない力が迸る。
霊力すら備わっていなかった彼女の身体から、妖力が溢れ出て……エネルギー球のようになったそれが、こちらに向かってきた。
「リョーマくん!」
「越前!」
とっさに目の前に壁を作った。
神域の森がざわざわと揺れる。
妖力の塊を弾くことは出来たけれど……
膝を付いてしまった。
「大丈夫だよ……でも、どうして彼女が……」
「実は、半月ほど前に彼女は預けていた洞府から姿を消していたんだ。忽然とね。君を不安がらせまいと、はっきりしたことがわかるまではって、手塚に口止めされていたんだけどね」
常にはなく緊張した不二の声。
「お昼を取りに行こうと思って外に出たら、こちらの予期せぬお客様がおいでになったというわけさ」
軽口ではあるものの、厳しい眼差しを涼華に向けている。
「本当は、お前さんが気付く前にどうにかしたかったんだがな」
いいながら、橘は天狼剣を構えなおした。
「涼華姫は確か生粋の人間だと思っていたんだが……俺が旅に出ている間に、人間を止めでもしたのかよ」
「少なくとも、洞府に預けるまでは、人間だったと、僕も記憶してるけど……」
じりじりと間合いを詰めて。
タイミングを計っている。
「傀儡の術だね」
「なんだよ、そりゃ」
「鬼道の術の一つさ。鈴鹿様曰く、蠱毒に並ぶ外道の術だそうだよ。なにしろ、人間を、術者である鬼の言うがままに動く人形みたいに作り変えちゃうらしいからね。普通の鬼なら、ここには入れないけれど、彼女は人形で鬼ではないからここに入れた」
嫌悪を感じているのか、吐き捨てるように不二が言う。
涼華個人に対して、あまりいい感情を持っていなくても、人間としてそのような術は許せないのだろう。
橘も顔を顰めたし、気分的にはリョーマ同感だった。
「で、元に戻す方法は?」
「ないよ。一度作り変えられたものを元の人間に戻すことは加護女でもできないっておっしゃってたからね。肉体も、魂も、心も……まったく異質なものに変えられてしまうから」
それは万物の流転の内から零れたということ。
救う術は、確かにない。
でも。
「だったら……どうするの?」
「どうもしない……僕たちが、どうこうする必要はない」
いつもはおっとりと優しいはずの声は、冷えていた。
感情を殺しているかのように。
そうして気付く。
森が、ざわめいていることに。
いつだったか不二が教えてくれたではないか。
森は護。
ここは、最も天に近い場所。
神々の領域を許しなく冒すものには、神罰が下る、と。
涼華から感じられる妖力、鬼気に反応しているのだ。
禍々しい気配は、それだけではない。
多分……身体を作り変えられた時に、憎悪の念だけを純粋に抽出したのだろう。
瞳は虚ろなままなのに。
意思なんて感じられないのに。
どろどろと憎しみが滲み出している。
この場を血で穢すことなく。
自分たちはただ、涼華の攻撃を避けてさえいればいい。
不二が、こちらに来るなといったわけがわかった。
苦い……後味の悪い思いを、リョーマにさせたくなかったのだ。
気遣いは、嬉しかったけれど……
自分だけ、何も知らないままでいるのはいやだ。
どんなことでも、目をそむけずにいたい。
これから先、そういう強さが必要だと思うから。
力が集まる。
森に宿った神力が、彼女を包み込むようにして。
そうやって、彼女を閉じ込めて……跳ね返ってきた己の力で、自滅させるのだ。
(…………一種の破術なんだ)
その光景を、目を閉じずに見つめていた。
跳ね返ってきた力が自らを蝕むのに、人形となった涼華は表情一つ変えない。
きっと苦しくも、痛くもないのだ。
たとえ感じていても、反応する術すら失われたに違いない。
すべてを作り変えられた時に。
だからこそ、余計に見るに耐えかねた。
囲いの中に満ちた力が、やがて弾けて……
眩い光に、手を翳した。
草の上に、なにかが倒れこむ音。
傷一つなく、目を見開いたまま、涼華が倒れ付していた。
「…………っ」
俯いて、唇を噛み締める。
その肩を、不二がそっと抱いてくれた。
「ごめんね」
リョーマはふるふると頭を振った。
優しい温度に、何度も深呼吸して……
下まで降りてきた、理由を話さなくてはと口を開く。
「あのね、国光が……」
「手塚が、どうかしたの?」
不二の顔を見上げようとした、耳に。
「なんや、やっぱり、壊れてしもたんやなぁ」
どこかで聞いた声が、飛び込んできた。
不二は身構え、リョーマを背に隠す。
「だから、無理やっちゅうたんや。いっくら、人形いうたかて、神域の森でばんばん力使わせたったら、あっさり壊されるっにきまっとるやん」
背中から、顔を出して見ると……
突然現れたその男は、爪先で涼華の躯を確かめるように蹴っていた。
その仕種にかっとなって、顔を睨みつけ……愕然とする。
「あんた……」
男は、リョーマの視線に気付いたようにこちらを向いて。
「機会があったら、また会える……そう言うたやろ?お嬢ちゃん」
にやりと、皮肉げな笑みを浮かべた。
「越前、こいつを知っているのか?」
いつでも剣を揮える体勢を取りながら、橘が問うて来るのに、ぼんやりと頷く。
「先月……街に降りたとき会ったんだ。広場みたいなところで大道芸やってた……」
「せやな。でも、お嬢ちゃんと会ったんは、それが初めてやないで」
これ、覚えとらんか?
そう言って、男が袖から出したもの。
顔の上半分を覆うような作りになっている、仮面。
「まさか……」
「お嬢ちゃんは、もうちょっと太ったほうがええんちゃう?めちゃめちゃ軽かってんで」
くつくつと笑いながら茶化すように言う。
「あのときの、鬼も、あんたなの?」
「そうや」
言われてみると、口元や顎の輪郭が酷似しているし、喋り方に違和感を覚えたのは、訛りを出さないようにしていたためだろうと思えば納得がいく。
「じゃあ、僕の術を砕いたのも、英二に怪我をさせたのも君なわけか」
傍らから、聞いたことのないくらいトーンを落とした不二の声。
びくりとして、リョーマは彼女を見上げた。
「そうやな。まぁ、俺としてはもっとめちゃくちゃにしてやりたかったんやけど、ご主人様にそれはとめられてん」
ご主人様、というのは千石の言っていた真の悪路王のことだろうか。
「ほんま、めちゃめちゃにしてやりたかったわ」
男は表情を歪めて、言い捨てた。
「なんで、あんたのご主人様とか言うのは、わざわざ手加減するようなことを言ったのさ」
「人をぎょうさん殺すとか、陥れるとか……そんなんとうの昔にやり飽きた言うとったからな」
さらりと、残酷なことを言ってのける。
「じゃあ、僕らは君のご主人様にお礼を言うべきなのかな」
冷たい口調で言いながら、不二が術を放つ。
攻撃系の法術。
おそらく普通の術者であれば、吹っ飛ばされているだろう。
不二の本気の術だ。
だが、男には何の影響もない。
高等法術を、あっさりと握り潰したようだった。
「姐さん、手加減なしやな。危ない危ない。ちょっと前までの俺やったら、まぁ、どっかの骨ぐらいはいかれとったかもしれへん」
「おまえ……」
不二の『気』がはっきりと怒りに揺らぐのがわかった。
「まぁまぁ……俺は別に今日は、戦いに来たわけやあらへん。ただのお遣いや。口惜しいがな」
男の赫い瞳が、憎々しげな光を瞬かせた。
それに気付いたのだろう、傍らの不二の息を飲む音が聞こえた。
彼の憎悪は本物だ。
そう、確かに彼は手塚を心底憎んでいるようだった。
リョーマを攫ったときも、街で会ったときも、その片鱗を覗かせていたではないか。
男は涼華の亡骸の傍に跪いた。
そして……
「なっ!」
ずぶり、と心臓の辺りに手を突っ込んだ。
血は一切出ない。
まるでやわらかい粘土か何かにそうしているような光景。
再び男が手を引き出したとき、そこには男の瞳の色と同じに輝く玉があった。
「俺の役目は、これの回収と、道案内だけや」
「それは……なに?」
「こいつは感情を凝縮させるためのもんや。このお人形さんが感じていた感情、そして、あんたたちがこいつに対して向けた感情。憎しみ、痛み、絶望、困惑、憐憫……後味の悪い結末を迎えざるを得なかったことへの後悔……それが全部この中につまっとる」
「なんでそんなもの……」
「あいつがほしがったんや。生粋の鬼は、こういう負の感情を飴玉しゃぶるみたいにして楽しむのが好きやからな」
「悪趣味だね」
戦闘体制を解かないまま、冷ややかに不二が言った。
「それが鬼っちゅうもんや。あんたらの知ってる鬼が、変わりもんだっただけやで」
それは鈴鹿御前のことだろうか。
男の口調に、侮蔑とそして手塚に対するものと勝るとも劣らない憎悪の念が感じられて。
リョーマは眉を顰める。
「さっき、道案内って言ってたよね。国光をどうしたの?」
今ならわかる。
手塚の気配が消える直前、一緒にいたのはこの鬼だ。
「我が主・悪路王の命令でな。ご招待しただけや。ま、気が済んだら返してくれるやろ。殺す気はないみたいやったし。このお人形さんみたいに壊されたりはせぇへん」
「招待?北辰王を?何のために?」
厳しい声で、不二が詰問する。
「さぁな。ただ、悪路王には世界を壊すとかそういう気はない。世界がなくなったら、余計退屈になる思てる奴やからな」
だから、次代も生まれていないうちに当代を殺したりはしないだろうと。
男は、言った。
その声音に込められた感情が、またリョーマの癇に障る。
「それなのに、天城殿を使ったり、五行の結界を穢したりしたのかい?」
不二が珍しく苛々している。
この男を掴みかねているのだろうとわかった。
それはリョーマも同じことだから。
橘も鋭い視線を向けて、男の真意を探っているようだった。
「そりゃ、退屈しのぎに面白そうやと思ったからやろ。面倒くさがりの癖に、そういうんは手間暇惜しまん」
気紛れ。
龍人の青年の言っていたことを思い出した。
悪路王とはまさに、その言葉に集約される人物なのかもしれなかった。
「ほんま……全部、壊してしまえばええのに」
ぽつりと、零れ落ちた言葉は。
とても冷たく。
心に響いた。
それがこの男の本心なのだと。
「ねぇ……あんたはどうしてそんなに国光や、鈴鹿御前が憎いの?」
「……リョーマくん」
不二が軽く目を見開いて、こちらを見る。
それに小さく頷いた。
「鬼って言うのは、北辰王や加護女であるだけで憎むものなの?それとも、鈴鹿御前が一族を裏切って、国光が裏切り者の子供だから、そんな風に思うの?」
「…………なんや、覚えてないんか?」
「えっ?」
「お嬢ちゃん……俺と会うのは、これで四度目なんやで」
彼はなにを言っているのか。
一度目は、攫われたとき。
二度目は、春蓮の街で。
今日、こうしているのは三度めではないか。
男は、くつりと喉の奥で笑う。
「人の夢を盗み見してたやないか」
どくん。
全身が、心臓になった気がした。
確かに自分には夢見の能力がある。
未来へのいくつもの岐路や、過去の断片。
先天的な夢見には、『夢渡り』という能力が備わっていることもあるらしいが、いまだにそれを発現した記憶も自覚もない。
だが、ここ最近見ている覚えていない夢の中で、誰かの夢に渡ったのかもしれない。
どくん、どくんと……
溢れてくるのは。
赫い瞳。
男の瞳の色と同じものを、どこかで見た気がする。
どこかで……
蘇る、波の音。
空舟に乗せられた赤子の瞳と、目が合ったような気がする。
そしてむせかえるような花の香り。
巨大な月。
そう。
誰かが泣いていた。
身重の身体で。
たった一人。
臨月の胎。
触れた指先。
伝わってくる。
二つの気。
重なり合うように酷似していながら、実は全く相反する『気』。
怒涛のように思い出す。
夢の断片。
なにかが自分に目隠ししていた、その記憶。
一度に溢れた情報量の多さに、リョーマは不二にしがみついた。
「リョーマくん!?」
呼吸を何とか落ち着けて、顔を上げる。
「あの夢の……」
「せや。思い出したか?」
男は、目を眇めた。
その仕種。
そうすると、誰かに面影が似ている。
リョーマの大好きな彼に。
そういえば。
攫われたとき、声に聞き覚えがあると思った。
誰かに似ていると思った。
訛りを前面に出しているときは、さほどとは思わないが、それでも普通の言葉で話していたとき、抑えがちの声……声質が、なんとなく似ていたのだ。
それだけじゃなくて。
春蓮の街で見かけたとき、手塚に似ているなとやっぱり思ったのを思い出す。
眼鏡をしているところとか、雰囲気が似ているかとも感じたのだけれど。
そうじゃない。
本当に顔立ちや、体格が似ていたのだ。
夢の中で、悪路王が言っていたではないか。
北辰王と、同じ血、同じ魂。
だから、鬼払いの結界が無効だ。
だから、こうしてこの場に立っていられる。
(この人は国光の……)
けれどそれを言葉に出すのは、憚られた。
鈴鹿御前が非情な決断をしてまで護った秘密。
手塚がいない場所で、いくら不二たちにでも、言ってはいけないと思った。
「だから?だから、鈴鹿御前が憎いの?国光を妬むの? 本当は、壊してしまいたいくらいに」
それでもそう聞かずにはいられない。
「あいつは……北辰王は、俺にその権利があるって認めとったで」
あぁ、確かに。
先ほど感じた胸騒ぎのようなもの。
それは、手塚が彼のことを知ったためだったのだろう。
半身なら、きっとそう言う。
彼は真面目で。
誠実で。
王であることの意味をわかっている人だから。
人として、母として、鈴鹿御前のした好意は確かに責められて然るべきものだと、リョーマも思う。
でも。
「そう……だね。国光ならそう言うかも知れない。あんたには、権利があるんだろうね。でも……鈴鹿御前はね、悔しいって泣いてたよ。俺は夢見の夢に見て、あの人に同調したから、それだけは言える。なにを思うかは、あんたの勝手だけど」
「…………」
「必要とされたいって思うだけじゃ駄目だよ。自分が必要としたいって思わなきゃ、何も動かない。だから俺はここにいて、国光に会うことが出来たんだ。自分は、誰にも代われないんだから」
どうして悪路王の手を取ったのか。
そこに彼も気付いていない、意味がきっとあるはずだから。
男は、皮肉を込めて口元を歪めた。
「だから、俺は、おまえたちを壊したいんや」
一言ずつ、区切るようにそう言って、鬼は陽炎のように消えてしまった。
あとには、涼華の亡骸だけが残っている。
悲しくなって、リョーマは不二の胸に顔を伏せた。
いつの間にか、はらはらと頬を涙が伝っていて。
「……リョーマくん」
心配そうに名前を呼ばれるのに、ゆるゆると首を振った。
頑是無い幼子のように。
「わかった。聞かないよ。いつか、話そうと思うときがきたら、話してね」
優しさを取り戻した不二の声。
心遣いが痛くて、涙が更に溢れた。
潤む視界に、橘が涼華の見開いた瞼を閉じさせているのが映る。
(…………国光、国光、国光……)
秘密が苦しくて、何度も呼んだ。
その存在を心から求めた。
そしたら。
「痛っ」
左腕の付け根の辺りに、酷い痛みが走って……
「リョーマくん!」
思わず押さえた手のひらに、血が滲んでいた。
リョーマ自身は怪我などしていない。
あの鬼も何もせずに去っていった。
ならこの痛み。
この血は、自分のものではなく。
「……国光」
あまりにも強く心が求めたから。
同調してしまったのだろう。
リョーマは不二に笑いかけてから、深呼吸を繰り返す。
大丈夫。
大丈夫。
痛みの走る場所に、そっと手をやり……届くようにと願いを込めて。
癒しの力を注ぎ始めた。
続
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