作品
十二章 桃弧月・弐
桃の花が、満開だった。
愛らしいピンク色に咲いた花は、ぽってりとした女の子の唇のようにも見えて可愛らしい。
リョーマは、桃の咲き乱れる庭園を、大好きな恋人と共にゆっくりと散歩を楽しんでいた。
今年の桃花之宴は、例年とは趣向を少し変えて、府庁(役所)の立ち並ぶ一角にある、庭園内で行われていた。
去年までは、太極殿の広間に、桃の枝を活けた大瓶を持ち込んでそれを愛でていたらしい。
こうした四季の花を愛でる宴のときは、城下に花びらを浮かべた酒や、その花を模した菓子が振舞われる。
皆が普段の仕事から一時離れ、季節折々の移ろいを楽しむのだ。
庭園内では、みんなが思い思いに、歓談したり、酒を酌み交わしあったりしている。
視線を少しずらすと、今回の強力の労をねぎらうために招かれた千石が、乾や河村と杯をかわしながら談笑していた。
リョーマは、酔っ払った菊丸に誘われて、不二と三人で即興の舞などを披露したりして喝采を浴びたりしたのだが、やっぱり恋人に誉めてもらうのが一番嬉しかった。
舞を舞ったことで、火照った身体を少し冷やしたくなったため、手塚に付き合ってもらい、満開の桃の花が咲く庭園を散策することにしたのだ。
桃の花の……かすかに甘い香り。
空には巨大な満月。
深く下りた夜の帳に、浮かび上がる桃色の花は、桜のようなミステリアスさはなかったけれど、それでも充分幻想的だった。
手塚もようやく本調子に戻って、日常が戻ってきた。
頬を撫でていく風は優しく、あたたかくて。
すっかり春なのだなと、ぼんやり思う。
風なら、いつでも吹いている。
時に無風状態になったり、嵐になったりするけれど。
それがどんなものであっても、超えていけるはずだと信じられた。
これから先。
手塚と、みんなと一緒なら。
にこりと笑って見上げると、大好きな恋人も微笑んでくれる。
彼は手を伸ばし、桃の枝を一振り手折ると……
「いいの?」
「あぁ」
差し出されたそれを受け取って、胸にそっと抱いた。
そして花を潰してしまわないように、頬を寄せる。
甘やかな香りが、鼻腔を擽って。
愛しくて、幸せな気持ち。
これは、この天領に召喚されて、手塚と出会ったからこそ知ることの出来た気持ち。
他の誰でも駄目だ。
目の前の彼でなければ。
ふと、気付く。
月を背にしている彼。
引っかかる既視感。
そう言えば。
こちらに来て、初めて手塚を見たときも、彼は月を背にしていた。
逆光でよく見えなかったけれど。
(……なんて、綺麗な人なんだって思ったんだ……)
抱き上げてくれたぬくもりにものすごく安心して。
そのあたたかさは、今もリョーマを護ってくれている。
いつだって、その存在を魂に感じているから。
「国光」
「ん?」
「もうすぐで一年だね。俺が天領に召喚されてから」
「そうだな」
「なんか、あっという間だった気がする…………でもそれって、楽しかったり、嬉しかったり、幸せだったり……そういうことなんだよね。これからも、そうやって時を重ねていけたらいいね」
「…………きっと、そうなる」
「ん!」
こくんと頷くと、手塚は眩しそうな表情をして。
周囲の気配を確認すると。
素早く身を屈めてきた。
軽く触れる、唇。
彼は、悪戯っぽく笑って。
「リョーマの唇は、花の香りがするな」
なんて臆面のないことを言うから。
大好きな恋人の顔を軽く睨みつけて、リョーマは勝気に微笑んだのだった。
終幕・終章へ続く
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