作品
終章
空は晴れていた。
透き通った青。
やわらかな春の陽射しの下で、天領国の首都・春蓮の民たちはお祭り騒ぎだった。
いたるところで、花や酒が振舞われ、言祝ぎの日に相応しい賑わいを見せている。
快晴の空、満開の桜に、天もまた祝福を投げかけているようだといったのは、誰だったろう。
名君との誉れも高い、当代・北辰王の吉事を皆が喜び、そして浮かれていた。
「おちび、綺麗だよぅ」
とっておきの裳衣に袖を通した菊丸は、すでに感極まったように表情で目を潤ませていた。
「ありがと。でも、英二に綺麗なんて言われたのは初めてだなぁ。いっつも可愛いとは言ってくれるけど」
脂粉をうっすらと叩き、大人びた化粧を施した自分の顔が、鏡に映っている。
それを面映い気持ちで眺めながら、リョーマは顔を僅かに紅潮させて笑った。
今日の装いは、特別なもの。
紅で統一された一揃えには、いずれもおめでたい地模様や刺繍が入っている。
これは、いつものように愛しい恋人が選んでくれたものではなく、自分と不二と菊丸の三人で、吟味に吟味を重ねて選んだ花嫁衣装だった。
今日、この日のために。
不二と菊丸。
いつだってリョーマのことで親身になって可愛がってくれた、大切な二人に介添えをしてもらって衣装を身に纏い、髪を整え、化粧をした。
これからも一緒にいるというのに、なぜだかリョーマも胸が詰まってしまって。
気をつけないと、視界が潤んでしまいそうだ。
「リョーマくん、これを」
「うん。付けてくれる?」
「もちろんだよ」
にっこりと笑って、丁寧に梳いた髪に、鳳冠や簪を付けてくれる不二は、一足先に人妻になっていた。
約束をしていた河村の花嫁になって。
彼女はとても幸せそうだった。
見ているこちらが、幸せになるくらいあの日の彼女は輝いていた。
河村は終始照れっぱなしで。
不二の涙を見て、自分も菊丸ももらい泣きしたっけ。
「次は、英二の番だよね」
「えっ、俺?」
菊丸は、目を丸くし、次いで顔を紅くした。
「そうだよ。ねっ、周助」
「そうだねぇ。僕も結婚したし、リョーマくんも今日から人妻だし。だいだい、僕たちの中で君がまだって言うのは僕も疑問に思うよ。大石だって、そんなに甲斐性なしじゃないだろ?」
「そりゃ、そうなんだけどさ。付き合いが長い分、なんか今更って気がして」
「今更とか関係ないじゃん。周助のときも、今回だって、英二が一番盛り上がっちゃってさ。だから、俺たち、英二のときがすっごく楽しみなんだから」
「えー」
「なんだい、そのいやそうな声」
「別に嫌じゃないにゃ」
恥ずかしいだろ、という菊丸がおかしくて、リョーマは不二と顔を見合わせて笑った。
「リョーマ様、お支度は出来ましたでしょうか?」
そういいながら顔を出した透理も、今日はいつもの官服ではなく、淡い色の裳衣に、本性たる李の花を挿している。
「よろしいようでしたら、そろそろお時間が……」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
不二に促されて、リョーマは腰を上げた。
そこへ……
「リョーマ様、本日はおめでとうございます。式神を代表しまして、心よりお慶び申し上げます」
式神が、深々と叩頭して祝辞を告げる。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
「御意」
最後の仕上げに、紅い絹をまるでヴェールのように被って、顔を隠す。
式の間だけでなく、その後の祝宴でも、花嫁は顔を隠して臨むというのがこちらのしきたり。
花嫁のかんばせが、他の男の目に触れぬようにということらしい。
布を頭からすっぽり被せられたことで、視界が利かなくなったのに、不二が手を取って先導してくれる。
そうして、待っていた手塚にバトンタッチ。
馴染んだ大きな手のひらの上に、自らの手を重ねて。
式の行われる扉の前で、いったん足を止めた。
「似合っている……といいたいところだが、顔が見えないのが残念だな」
「俺もだよ。国光の格好が見れなくて残念」
新郎が着る、深紅の袍をきっとかっこよく着こなしているはずなのに。
「いよいよだな。今日から、リョーマは名実共に公私にわたる俺の伴侶だ」
待ち遠しかった、とぼそぼそ囁かれて。
紅くなった頬。
見えないことを感謝した。
「そうだね……えーと、フツツカモノですが、よろしくお願いします」
「それは、あちらの流儀か?」
「日本の花嫁さんの決まり文句らしいよ」
「そうか……では、こちらもよろしく頼む」
悪戯っぽい声で、そう返してくるのに笑みが零れる。
「では、行くか」
この扉の向こうには、式を取り仕切る春官長と、立会人たちがいる。
どこからか桜の香り。
天領に召喚されたのは、ちょうど今頃の季節だったと懐かしく思い起こした。
あれから三年。
約束どおり、十五の春に、リョーマは大好きな人の恋人から、奥さんへとステップ・アップする。
これまでの日々と、これからの日々に思いを馳せて。
「うん、行こう」
そう、頷いた。
天領国暦 玉悠八年 櫻霞月
北辰王、加護女を娶り、正妃とす。
諸官、二人を称して曰く、比翼の鳥、連理の枝が如きと。
完
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