庭球小説

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外伝 秋桜

 秋の夜は、冬よりもずっと静かだと不二は思う。
 かすかに聞こえる風の音が、ことさらそう思わせるのかもしれない。
 自室で、敷物の上に腰を下ろし、水晶宮の書庫から見つけた法術の古文書に目を通していると。
「周助」
 名前を呼ばれて、顔を上げる。
「どうしたの、タカさん」
 恋人が、優しい笑顔でそこに立っていた。
 彼は明日の朝食の仕込みのために、厨房に行っていたのだが。
「ちょっと小腹、減らない?」
「え……ひょっとして、なにか新作でもできた?」
 河村が夕食後にそんな風に持ちかけるのは、たいていそういうことなので、小さく笑う。
「まぁ、そんなところかな」
「厨房に行ったほうがいい?」
「いや。部屋に持ってくるから、お茶、入れといてくれるかな」
「ん」
 頷いて、立ち上がり、古文書を書棚に戻して食卓に向かった。
 食堂にあるものに比べれば、ずいぶんとこじんまりした黒檀に螺鈿細工を施した卓。
 恋人と向かい合って食事をしたり、お茶を飲んだりするのにちょうどいいそれの上には、細い花瓶があり淡い珊瑚色の花びらが可憐な秋桜の花が数輪活けられている。
 修練場の隅に咲いていたのだと、河村が摘んできたものだ。
 必要以上に花を手折ったりすることは、あまり好まない彼だけれど修練場に咲いているのでは、いつ誰に踏まれるとも限らない。
『それくらいなら、周助に見せたいなって』
 照れくさそうな顔で告げられて、思わず不二もつられて照れた。
「懐かしいな」
 そっと指先を伸ばして、花びらに触れる。
 少しひんやりとした、けれどもどこか温かい張りのある感触。
 伝わってくる生命力。
 思い出す、懐かしい記憶は。
(姉さんは、この花が咲くとよく恋占いしてたっけ。しかも自分のじゃなく、僕や裕太の)
 一枚一枚花びらを千切って。
 弟たちを心から想ってくれる恋人が現れるかどうか。
 多分。
 あれは、力に怯える不二に対する、幼いながらの励ましだったのだろう。
(だって、いつも姉さんの占いは『現れる』で終わってたもんね)
 血の繋がりがあるからこそ、埋められない何か。
 それを埋めてくれる誰かが見つかって欲しいという、自分ですら願いもしなかったことを、願い続けてくれた家族。
 そして。
 内宮の一角にある、野の花だけの花園。
 秋になると、そこには秋桜が一面に咲いていて。
『秋桜は一見儚く、頼りなく見えますね。それは可憐という言葉にしても良いでしょう。けれど、周助。この花は、見かけの可憐さだけでは終わらない強さがあるのですよ。大地に根付く順応力、たとえ風に茎が倒れてもそこから新たに芽吹いて立ち上がる逞しさ。私もそのように在りたいと、いつも思っています』
 血のように赫い瞳は、けれど、禍々しさなどなく。
 むしろ凛と、前を見つめていて。
 秋桜のように在りたいという鈴鹿のようにこそ、自分はなりたいと思った。
「姉さんの願ってくれたことは叶った。僕はタカさんに出会えたから。でも……僕は、鈴鹿様のようになれたのかな……」
 彼女の複製品という意味ではない。
 ただ、かの人のように、優しさの意味も厳しさの意味も履き違えることなく示せるようになりたいと、願っている。
「ねぇ」
 不二の指の動きに合わせて、ゆらと揺れる秋桜の花に問いかけた。
「なにが、『ねぇ』なんだい?」
「ふふっ、なんでもないよ」
 厨房から戻ってきた恋人に、笑顔を見せて。
「それ……リョーマくんの世界のお菓子だよね?『パイ』って言ったけ?」
「そう。色々餡やら具やらを試してるんだ。越前は、南瓜を餡状して焼いたのも美味しいって言ってたよ」
「へぇ」
「みんなには、明日のおやつに出す予定だけど、周助には一足先にね」
「ありがとう。美味しそうだね」
 生地を器のようにして、中には薄くイチョウの葉みたいに切った皮付きのままの林檎と、それから甘藷(サツマイモ)をサイコロ状にきったものを並べて、こんがりと焼いてあった。
 上に振った砂糖の、焦げて甘く芳ばしい香りが、食欲をそそる。
 切り分けられたそれに、後味がすっきりした緑茶を合わせて。
 口に入れると、秋の実り……そのうまみが口いっぱいに広がった。
「どう、かな?」
「美味しい……すごく、美味しいよ」
「そうか……良かった。この秋桜を見てたらね、秋らしいお菓子を作ってみたくなったんだ。それで周助の喜んでくれる顔が、見たいって思った」
「…………どうして?」
「うーん……やっぱり、周助に美味しいって喜んでもらえるのが、俺には一番嬉しいし。それに…………」
「それに?」
「秋桜を見てたら、周助のこと思い出したんだ。この花と、周助って、なんだか似てるって俺は思うよ」
 だから、修練場にそのままにしておけなかったんだ。
 そんな風に、言ってくれるから。
 自分の言ったことが恥ずかしかったのか、視線を泳がせ、頬を掻く大好きな人。
「ありがとう。なんだか、照れくさいけど、嬉しい」
 彼がいてくれるから、懐かしい記憶の中で。
 そうなりたいと願った自分に、近付けているのだろうと。
 密やかでささやかな自信は、誇りとなって、不二をこの上なく嬉しそうに微笑ませた。


終幕

  • 2012/01/20 (金) 05:07

タグ:[比翼連理]

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