作品
外伝 錦繍
視界いっぱいの紅。
木々はもちろん、それを映した湖面も色付く秋を映している。
時折、ひらひらと葉が水面に落ちて、紅の波紋が広がっていくのを忍足はじっと見つめていた。
紅い色は好きではない。
己の瞳に顕れたその色は、呪われた生の、証だから。
酷く苛々して、爪で眼球を突き破りたいような気にすらなる。
けれど、同時に。
紅い色が見えないと、不安が心に影を落とし、なぜか居た堪れないような気持ちになるのも確かなこと。
理由はわかっている。
それを認めたくないだけだ。
認めるには、あまりにも。
あまりにも……
キリ、と奥歯を強く噛み締めて。
遠くを見つめようとした……その耳に。
かさり、と落ち葉を踏む音がして、はっと振り向く。
自分に気配を悟らせず、背後から近づける存在など限られている。
視線の先、そこには思ったとおりの男が、不適な表情で立っていた。
婀娜っぽい泣き黒子。
挑発的な光を宿す瞳の色は、禍々しいほどの赫。
だが、忍足は、この世でこれ以上に美しい紅は、ほかに知らない。
ぞっとするほど美しく。
魅入られずに入られない瞳の持ち主。
しばらく姿を眩ましていた……自分の全てを支配する、ただ一人の主だ。
「こんなところにいやがったのか?」
「どこにいようと、俺の勝手や。用があるんやったら、呼びつければええやないか。俺はおまえには逆らえへんのやからな」
忍足の物言いに、主はくつりと喉の奥を震わせた。
「連れてってもらえなかったからって、人間のガキみてぇに、拗ねてんじゃねぇよ」
揶揄するような言葉に、むっとする。
するとそれが面白かったようで、美貌の主はまた笑った。
彼がこちらに悟らせないように行方を消せば、自分には追う術がない。
忍足の支配者は傲慢で、気まぐれだから、そんなことは過去に何度だってあったことだ。
そのたびに、胸の内に這い寄る怯えを忍足は認めたくなかった。
自分を識る、唯一の存在に、『無かったもの』にされるかもしれない……その、恐怖。
主は、忍足のそんな懊悩と葛藤をこそ愉しんでいるのだとわかっていても。
しなやかな指先に、そっと喉をくすぐられる。
「土産をやるから、そんなに拗ねるな」
何もない空間から、主が取り出したのは、酒の瓶。
白磁の瓶の中で、とぷんと液体が揺れる音がした。
「こいつを肴に、おまえは俺にだけ酔ってればいいんだよ、侑士」
くつくつと笑う主の誘惑に、矜持は意味をなくす。
赫い瞳の毒に抗えぬまま……忍足は、頬に軽く爪を立てる主の手を取って、恭しくかの人の手のひらにそっと唇を押し付けた。
終幕
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