庭球小説

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外伝 星逢いの夜

 竹葉月。
 天領で過ごす二度目の夏だ。
 恋人と二人で囲む夕餉の席で、リョーマはおずおずと切り出した。
「ねえ、国光……」
「なんだ、リョーマ?」
 手塚が箸を止めてこちらを見る。
「明日はさ……星祭だよね」
 年に一度、天から星が降ってくる夜。
 天帝が西王母に送る恋文だといわれる流星雨は、清らな音を立てながら夜空を駆けて地に流れる。
 実に幻想的な光景が繰り広げられる一夜は、恋人たち祭りとも言われているのだ。
 リョーマの意図を悟ってか、手塚はやわらかく微笑んで。
「ちゃんと覚えている。午後の執務も早めに切り上げるようにするから、ゆっくり過ごそう」
「うん、ありがと……あのね、あのね……俺、連れて行ってほしいところがあるんだ」
「連れて行ってほしいところ?」
「去年、国光が連れて行ってくれたところ……国光たちが俺を見つけてくれた場所に、今年も行きたいんだ……だめ?」
「かまわないぞ」
 あっさりと快諾してくれた。
「いいの?」
「あぁ……リョーマのおねだりは珍しいからな。それに星祭の夜の天海はことのほか美しい。恋人同士が過ごすには、悪くない場所だろう?」
 悪戯っぽくそう言う恋人に、リョーマは頬を染めつつ口元を綻ばせた。



 そうして迎えた星祭の夜。
 手塚の騎獣である静嵐に乗って、二人にとっての始まりの場所となった展開の畔に降り立った。
 満天の星空が、夜の水面に映り込んでいる息を呑むほどに美しい光景。
 巨大な月が、まもなく中天に差し掛かろうかという刻限。
 この場所は、リョーマにとっていろんな意味で忘れられない場所だ。
 昨年の今日。
 誓約の儀を終えて迎えた、初めての星祭の日に、手塚はリョーマをここに連れてきて。
 そして、リョーマを見つけたときの真情を吐露し、左手の薬指のための戒指(指輪)を贈ってくれた。
 いつか話した、故郷の風習を忘れないでいてくれたのだ。
 正妃になってくれ、というプロポーズ。
 彼が用意してくれたエンゲージ・リング。
 嬉しくて、嬉しくて……
 心から。
 この天領という世界を愛せると思った。
 手塚がいる世界。
 そして、自分たちを支えてくれる大好きな人たちがいる世界。
 ある日突然辿り着いてしまった異世界ではなく、リョーマにとっても自分の世界なのだとはっきりと確信することができた。
 あの喜びの日から一年。
 想いはなお、深まるばかりで。
 傍らに立つ愛しい人に、あの時感じた喜びを返したいと強く思った。
「綺麗だね」
 左の薬指にはまる戒指に触れ、左手をそっと胸に抱え寄せるようにしながら、素直な感想を口にすると手塚も、そうだな……と頷く。
 言葉は少なくても、伝わってくる何か。
 けれども、言葉にしなくては伝わらないことも確かにあるから。
「ねぇ、国光……俺ね、去年、本当に嬉しかったんだよ。国光が、俺を大事にしてくれて、好きだって思ってくれてるのはちゃんとわかってたけど……まだ、子供だからさ……まさか、お嫁さんにしてくれるなんて。そうはっきり言ってくれるなんて思ってもみなかった。それだけでも嬉しかったのに、国光は俺の話を覚えててくれて、エンゲージ・リング……この戒指まで用意してくれてて…………こんなに幸せで、こんなにも俺を想ってくれる人がいて……身体も心も世界と繋がって、全てが愛しいと感じられたんだよ。国光がいるから……ううん、国光が俺にとって世界そのものなんだ。そういう人に出会えるって、ものすごく低い確率だと思うから、本当にすごいんだよね」
「…………リョーマ」
「戒指、本当に嬉しかった。だからね、お返ししたくて、ちょっと頑張ってみたんだ。物が物だったから時間かかって……あれからすぐ準備を始めたのに、渡すのが一年後の今日になっちゃったけど……」
 ズボンのポケットに隠し持っていたそれを、リョーマは手にとって恋人に差し出す。
 手のひらの上には、天然石を連ねた腕釧(ブレスレット)。
 いずれも小指の爪ほどの大きさで、形は不揃いな青や黒の水晶が殆んどだ。
 人の手で研磨はされておらず、川の流れに洗われるなどして、自然に角が取れたもの。
 玉としての価値はないに等しい。
 けれども。
 その一つ一つに、リョーマは力を注ぎ込み、術を施した。
 絶対防御の術。
 持ち主に何らかの災厄が降りかかった場合、石を身代わりとして禍を防ぐ。
 石の数だけ、確実に持ち主の身を守る呪具だ。
 結界の応用なのだが、一つの石にそれだけの力を溜め込むのに酷く時間がかかる。
 石は、諸国を旅している不二の弟に頼んで用意してもらい、やはり不二の実家の伝で紹介してもらった呪具師(民間で呪具を作ることを専門としている細工師)の手で腕釧の形に仕上げてもらった。
「力を使い切った石は色が抜けちゃうんだけどね。前に国光、言ってくれたよね、俺の身を守るものは一つでも多いほうがいいって。それは俺も同じことだよ。国光の身を守ってくれるものは、一つでも多いほうがいい……うわっ」
 ぎゅうっと、強く抱き寄せられて。
 唐突な行為に、リョーマは一瞬驚いたけれど、すぐに広い胸に頬を摺り寄せる。
 手塚の腕の中ほど、安心できる場所はないから。
「…………お前は、本当に……」
 喜色の滲んだ、恋人の声。
「国光?」
「本当に……俺には、過ぎるほどの宝だ」
 言って、目尻に優しくキスをされた。
「もう……国光は、すぐ、それなんだから。それは、お互い様ってことにしとこうよ。国光だって、俺には素敵過ぎる人なんだからね」
 くすくす笑って、応じる。
「ね、俺に腕にはめさせて」
「あぁ、もちろんだ」
 リョーマが恋人の手首に、腕釧をはめた、まさにそのとき。
 まるで、天帝が見計らっていたのではないかというほど絶妙のタイミングで。
 星の降る音が、耳を打った。
 どこまでも澄んだ、儚く美しい音。
 けれども、いつまでも忘れえぬ清らかな響きが幾重にも重なって。
 リョーマは、ふと、思い出した。
「そういえばね……日本にも、星祭と似たような行事があるんだ。七夕って言ってね。七月……こっち風に言うと竹葉月の七日なんだ。織姫と彦星って言う恋人同士がいて、天の川に引き裂かれた二人が、年に一度だけ、もしその日が晴れていたら、カササギの橋を渡って会うことができる日。笹に願い事を書いた短冊を飾るんだって。俺は、経験したことないんだけど、親父や母さんがそう言ってた」
「……ほう。その二人は、どうしてそんなことになったんだ?」
「俺も詳しくは知らない。確かね、二人には大事な役目があって、でも二人でいることを優先して役目を疎かにしたから神様が起こって、二人を天の川で引き裂いてしまったんだって。それで反省した二人は一生懸命役目を果たして……その姿に絆された神様が、年に一度だけは会うことを許してくれた……だったかな」
 両親から聞いた話の大筋を聞かせると、手塚は少し難しい顔になった。
「国光?」
「いや……身につまされる話かもしれない、と思っただけだ。俺もお前も……共に大事なお役目を課せられた身だからな」
 確かに、手塚のいうことは一理ある。
 七夕の伝説はリョーマの世界ではあくまでも伝説だが、この世界には神が在り、手塚と自分には世界のために果たすべき役目があるのだから。
 でも。
「そうかもしれないけどさ。でも、俺たちは知ってるはずだよ。一緒にいるために、なにが必要なのか……それさえわかって、やるべきことをやってれば、天帝や西王母だってそんな野暮なことは絶対しない。織姫と彦星は、二人でいるために必要なことをしなかったのがいけないんだから」
 勝気に微笑めば、手塚も思い直したように不敵な顔で笑う。
「リョーマの言うとおりだな」
「でしょ?」
 額をこつりと合わせて、笑いあう。
「リョーマ……ありがとう。この腕釧は大切にする。たとえ石が全て力を失っても、俺の宝物だ」
 囁く声。
 頷く暇は与えられなかった。
 長く尾を引いて天より星が降る夜に。
 誰もいない、始まりの場所で。
 二人は、ずいぶんと長いこと、くちづけを交わしていた。


終幕

  • 2012/01/20 (金) 05:11

タグ:[比翼連理]

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